7-13.王城に謎は眠る
「結局謎は謎のまま、か」
ランバルトは残念そうに呟きながら立ち上がった。
「ロマンがあって良いかもしれないけどな。何でも解明されてしまったら興冷めだ」
「そういうものか」
急に声が割り込んだため、ランバルトは驚いて振り返った。
屋根の上に、一人の男が真っ白な幻獣を伴って立っていた。空より鮮やかに青い髪が風に吹かれて揺れている。優しそうな顔立ちとは裏腹に、目には冷たいものが宿っていた。
「……お前」
「貴様は誰だ」
ランバルトより先に、ホースルは誰何する。
「私の愛しいトライヒではないな。何しろあの男は私を見るとすぐに嫌そうな顔をして逃げる。人を災厄呼ばわりだ」
愉快そうに微笑みながら、ホースルは一歩相手との距離を詰めた。
「上手いことを考えたものだ。天井裏に身を潜めていたとはな。王城に入るときには刑務部の誰かになりすまし、そして展示室には入らずに天井裏へ。元から爆破魔法陣を仕掛けたのだから、忍び込むのは容易だったろうな。クレキ中尉が下りたのを見計らって、屋根の上に」
「……では本物のトライヒ准将は?」
「そんなのはもっと簡単だ。屋根に昇るときは刑務部の誰かを装って、「怪盗が逃げました。庭園の捜索をお願いします」とでも言えばよい。トライヒは真面目だからな。すぐに行動に移しただろう」
例えミソギとカレードの腕前や剣術を見極められなくとも、自分が犯人なのだから、二人が本物だと断定することは容易い。自分は屋根の上で静観するポーズを取ることで、無関係だと刑務部に思わせることが出来る。
「誰もいなくなったら下に降りて確認しようとしたか、それとも途中で誰かに指示しようとしたか。……まぁそんなことはどうでもいいな。私はフィン王朝に興味はない」
「ではなぜ、此処に。俺を捕まえるためですか」
「まさか。互いに脛に傷を持つ身。それに貴様は血が薄いとは言え、盟約で結ばれた仲間だ」
「……盟約?」
怪盗Ⅴはきょとんとして聞き返す。ホースルはその反応を見て、少々残念そうなものを含ませて溜息をついた。幻獣も尻尾を垂らして首を横に振っている。
「気にするな。昔の話だ」
「はぁ。……貴方は、アリトラ・セルバドスの父親ですよね?」
「そうだ。なんだ、娘の知り合いか? ならば猶更見逃してやろう。もし双子に危害を与えるなら別だが」
殺気も何もなく告げられた言葉に、怪盗は怯えて後ずさる。得体の知れない相手への恐怖は、本能が呼び起こしたものだった。恐らく何の罪悪感も躊躇いもなく、自分は殺される。それを怪盗は悟っていた。
「しません、しません。というか、あまりあの双子には関わりたくないんです。盗みが失敗しそうだから」
「ならば結構。用事が済んだなら早く立ち去れ。私はこの城に用事があるからな」
「何の用事かは聞かないようにしますよ。それでは、ご機嫌よう」
怪盗は荷物をまとめると、急いでそこから走り去る。腰に下げた紛い物の剣がベルトに当たって音を立てる。その音は一定のリズムを保ちながら、次第に遠ざかって行った。
その背中を見守っていたソルは、呆れたように喉を鳴らす。
『何だあれは』
『キ族らしいだろう。私は嫌いではないぞ、あの手合いは』
『馬鹿らしい。それよりもリン、やはり間違いないぞ。この匂いは知っている』
宙で鼻をひくつかせながら、幻獣は静かに呟いた。双子から離れたあと、ソルはホースルに会った。あることを確かめるために王城に来ていたホースルは、当然のようにソルを連行した。
『シ族だ。お前以外のシ族が、この国に入り込んでいる』
『誰が何の用事だろうな。観光にでも来たならまだ良し。だが私を探しに来たのだとしたら厄介だ』
厄介、という言葉を言いつつもホースルは笑みを崩していなかった。何かを期待しているような、あるいは何も気にしていないような、どちらとも受け取れる表情で、王城の裏に広がる森を見つめていた。
『私を殺しに来たのかもしれない』
『いつまでも使命を果たさないキャスラーを見切ってか。どうするつもりだ?』
『全ての敬意をもって殺してやる』
赤い瞳には王家の森が反射しているが、ホースルはそれを見てはいなかった。遥か昔、自分が捨てて来た場所をその脳裏に浮かべていた。
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