7-10.剣士と双子と刑務官
特別展示室の中を覗き込んだ双子は、その惨状を見て思わず「わぁ」と呟いた。
「これ、ミソギさん達がやったの?」
「歴史学者が知ったら、憤死しますよ」
「一応俺は展示物は避けたよ。この馬鹿は知らないけど」
「俺だって避けたよ。でもきったねぇ壺は割った気がする」
カレードの言葉に、謁見室から出て来たヴァンは額に青筋を浮かべた。
「その壺が一番高価なんですがねぇ」
「マジで? 悪い」
「レプリカだったから良い物を、もし本物だったら免職ものですよ」
カレードは「免職」の言葉がわからないので、愛想笑いを浮かべて誤魔化す。全員それに気付いてはいたが、敢えて説明する親切な者もいなかった。
「あそこに額縁があったの?」
アリトラは部屋の奥を指さした。
「そうだ。中に入るのは駄目だぞ。今日は刑務部しか入れないことにしているんだ」
「別に入ろうとは思わないけど」
廊下の割れたガラス窓には、応急処置として麻布が貼りつけられていた。風が吹くと埃っぽい匂いがする。王城の中にずっと放置されていたもののようだった。
「カレードさんは、落ちた時に玉座……あの一番奥の壁は見たの?」
「いや。着地するほうに意識を傾けてたから」
「そもそもラミオン軍曹が落ちてくることは、想定外だったはずだよ。誰かが踏めば天井が崩れるようになっていたんだから」
リコリーが床に落ちた瓦礫を見ながら口を開く。
「だから天井の穴は侵入経路じゃないと思う。どちらかと言えば目くらまし、かな」
「じゃあ怪盗は室内にいたってこと?」
「刑務部に既に化けてた……のかもしれない。混乱に乗じて額縁を盗み出すために」
「それは変だと思う」
周囲はリコリーの考えに一理ありと思ったが、アリトラは即座に否定した。
「例えばこれが時限式の魔法陣なら、混乱に乗じることも出来るかもしれない。でも、誰がいつ踏むかわからない魔法陣を頼りに盗み出すなんてするのかな?」
「魔法陣が二つあったとすれば、どうだ?」
ヴァンが口を挟み、背後を親指で示しながら続ける。
「要するに、元々このポスターの魔法陣はフェイクだったということだ。足跡のポスターなんか使ってるから人間用のトラップに見えるが、実際にはこんなの、鳩でもネズミでも良いわけだしな。怪盗は遠隔操作出来る魔法陣を、屋根ではなくて天井に仕掛けていた。補修工事中でシートが貼られていたから隠すのは簡単だっただろう」
「偶然何かがポスターの上に乗って発動したなら、それでも良し。発動しなくても小動物の仕業に出来るってわけだね」
ミソギがヴァンの意見に同調しながら、自分の仲間である男を一瞥する。
「実際には馬鹿が一匹引っかかったわけだけど」
「うるせぇな」
「怪盗にとっては喜ばしいことだったかもな。結果として、今の今まで俺達はポスターの魔法陣が発動したことで天井が落ちたと思い込んでいたんだから。屋根がフェイクで天井が本命だとすると、怪盗はやはり内部にいたことになる」
ヴァンがそう言うと、リコリーが軽く挙手をして話を引き継いだ。
「でもおかしいですよ。天井や屋根に魔法陣を仕込めるなら、その時に盗めばいいのに、こんな回りくどいことする必要がありますか?」
「怪盗Ⅴはそういうのが好きなんだろ。刑務部や軍を小馬鹿にする手段がな。……まぁ内部に怪盗がいるなら話は早い。一人ずつ調べて……」
「ねぇ、あの額縁って全員分あるの?」
唐突にアリトラが疑問を口にした。ヴァンは少し勢いを削がれた表情で、少女の赤い瞳を見る。そこには玉座の壁が映っていた。
「いや、中期以降だな。リンデスターの矛盾陣が出回ったのもその頃だ。あと、夭逝した王は肖像画がない」
額縁についてヴァンが知っていることを説明すると、アリトラは首を大きく傾げた。
「廃王メルガンの肖像画、額縁が焦げてる」
「まぁ色々悪名高い王だったからな。身内が燃やしたのかもしれない。中途半端に燃え残っているのは、王の品位を辱めるためだろうな。自分の肖像画が汚いまま残されているのは、屈辱的だろう?」
「でも翡翠王の額縁が無事なのもわからない。今の理屈なら、一番汚されてそうなのに」
「革命軍はその殆どが農民で、あとは王への謁見権を持たない小貴族だったそうだ。謁見室の場所を知らなかったのかもしれないな」
その説明を聞いてもアリトラは釈然とせずに眉を寄せた。
綺麗に並んだ肖像画は、どれも王たちの特徴を示している。三十歳で処刑されたという翡翠王は、どうやら即位してすぐに肖像画を作ったようだった。凛々しい顔と鋭い目は王の威厳を良く表しているが、若々しく描かれた顎のラインはどこか幼さもある。
「この部屋って窓とかないの?」
アリトラは横にいるリコリーに尋ねた。その頭の中に入っている知識を引っ張り出して、片割れは丁寧に説明する。
「城内で唯一窓がない部屋なんだよ。此処では重要な密談とかも行われていたから、扉も頑丈に出来ていた。外に話が漏れないように、という工夫だね」
「じゃあ中から鍵を掛けちゃえば、此処は密室になるってこと?」
「うん。天井から誰かが穴開けて降りてこない限りは」
アリトラは口元に笑みを浮かべると、手を一回打ち鳴らした。
「わかっちゃった」
「怪盗がどうやって盗み出したか?」
「違うよ、リコリー。怪盗はね、ただ見たかっただけなんだよ」
四人とも、アリトラが何を言い出したのかわからなかった。
シロップの入った袋を足元に置いたアリトラは、軽くなった腕を確かめるように何度か動かす。
「怪盗の予告状を思い出して。「盗む」なんて何処かに書いてあった?」
「『来たる白い杯、翡翠を傾けし日 我が腕は王城公園にて、滅びし王朝の象徴を掴む』……だよね」
「盗むなんて、何処にも書かれてないでしょ。前の予告状にはちゃんと書かれてるのに」
「えっと、じゃあ盗むつもりじゃなかったってこと?」
アリトラは大きく頷いた。
「怪盗は額縁を盗んでない。そう考えられる」
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