7-4.名も無き展示品

「肖像画?」


 バザー会場の中で、アリトラは片割れの出した単語を鸚鵡返しした。

 広い室内は外に比べれば静かだが、それでも個展や勉強会が開かれている時とは比べ物にならない賑わいを見せていた。出店者は展示室に元々置かれていたテーブルと椅子を使い、持ち込んだ布や置物、商品でその上を彩っている。店の名前が染め抜かれた布を棒に貼って掲げている店も多かったが、そのうちいくつかは遠いところから来たのか皺が寄っていて、人が傍を通る度に不規則に揺れていた。


「翡翠王の肖像画のこと?」


 展示室の一番奥、スラン・シロップの販売所には既に列が出来ていた。双子達は慌ててそこに並んだが、そもそもまだ販売が始まる前だったらしく、売り子と思しき中年の女がテーブルの上にシロップの入った瓶を並べている最中だった。


「違うよ、肖像画を飾るための額縁だよ。歴代の王は即位すると同時に宮廷画家に肖像画を書かせた。王様たちは自分自身の名前とは別に「二つ名」みたいなものを持っていた。例えば『始祖王』、『紫檀王』、『翡翠王』みたいにね。で、肖像画にはその二つ名が使われるんだよ」

「額縁にも?」

「その通り。翡翠王は自分の子供の中から次の王を選ぼうとしていたし、そのために次の肖像画の準備もしていた。でも結局、誰が選ばれる予定だったのかわからないまま、フィン王朝は滅んでしまった。だから、その額縁だけ肖像画も名前もないんだよ」

「ふぅん」


 アリトラは小さく首を傾けて、歴代の王を思い出そうとする。学院時代に丸暗記をさせられた記憶はあるが、試験終了と同時に半分以上忘れてしまったのは良い思い出だった。


「翡翠王って何歳だったの?」

「公式記録では三十歳かな。国を滅ぼした主原因なのに人気があるのは、この年齢のためかもね。それに王族の特徴である金色の髪に翡翠色の瞳がとても良く似合う王様で、十七歳で即位した時には国を挙げての祝賀祭になったらしいよ」

「金髪に翡翠色って、カレードさん思い出すよね」


 アリトラがそう言うと、リコリーも同意を返す。

 黙って立っていれば掛け値なしの美形であるカレードを、その容姿から王族の末裔だと噂する者もいる。真偽は兎に角として、そう思わせるだけのものがカレードには備わっていると、双子は考えていた。


「翡翠王には七人の子供がいた。十五歳の第一王子、生後二か月の第四王子まで全員が処刑対象となっている。そのうち六人は遺体が確認されたけど、五歳だった第二王女の行方はわかっていない。一説には王女のお気に入りだった近衛隊長が直前で逃がしたとか、その愛らしさに殺すことが出来ずに革命軍の一人が連れて帰ったとか言われてる。ちょっとしたロマンだよね」

「何年か前に劇で見たことある。『鉄くず町の王女ローゼ』。主演のマリエッタ・ハロゥが良い味出してた」


 リコリーはその劇については知らなかったので、曖昧な返事を返す。少し前に観劇をしたことは記憶に新しいが、途中で起きた事故のせいで劇自体の印象は残っていない。

 そもそも生まれつきおっとりとしているリコリーは、自分のペースで何か行うのには向いているが、他人の言動を追うのは苦手だった。片割れのアリトラにすらついていけないことがあるのに、他人の、しかも演劇ともなれば猶更である。


「でもどうして額縁なんか盗むの? 宝石が埋め込まれてるとか?」

「宝石なんかよりも貴重なものが額縁には仕込まれているんだ」


 シロップの販売が始まり、列が動き始めた。

 いつの間にやら増えていた背の高い少年が、似合わないエプロン姿でシロップを次々に紙袋に入れていく。少しぎこちなく売り文句を並べている姿から察するに、その少年は売り子の女性の息子であり、今日の手伝いのために駆り出されたようだった。


「魔法陣だよ」

「額縁に魔法陣が入ってるってこと?」

「そう。「リンデスターの矛盾陣」の一つとされている。王政時代の遺跡、遺物の中には、理論上動く筈のない魔法陣が起動していることがある。どれも、天才魔法使いと言われたバルダ・リンデスターの手がけたものだと言われているんだよ」

「本当?」


 半信半疑で問い返したアリトラに、リコリーは苦笑交じりに返した。


「まぁ半分本当で半分は誤解。バルダ・リンデスターは非常に複雑な魔法陣を作って、一つの魔法陣が出す……何ていうのかな、不具合みたいなものを、更に他の魔法陣で使うことによって新しい効果を生み出していたんだ。でもそれがわかったのは二十年前のことで、まだ矛盾陣のことを信じている人も多い」

「なんだ、ビックリした」

「でも解法にはかなりの時間や技術を要するから、未だに百を超える矛盾陣は解明されていない。もしかしたらその中に、本当に不思議な力で動いているものもあるかもね。あ、次だよ」


 前に並んでいた老婆が、シロップを受け取って去っていく。売り子の女性は満面の笑みで二人に声をかけた。


「いらっしゃい!」

「大瓶二個に中瓶二個下さい」

「大瓶をもう一つ買ってくれれば、中瓶をサービスするよ」

「うーん」


 アリトラは瓶の並んだテーブルを一瞥する。

 そこには小さな可愛らしい瓶も沢山並んでいた。


「大瓶買うから、小瓶を五個サービスしてくれませんか?」

「五個は多いよ。三個だね」

「三個だと中瓶に満たないでしょ。四個」


 女性は苦笑して、小瓶を四つ手に取った。二重にした紙袋の中にシロップの瓶を詰め込みながら、金額を口にする。アリトラは財布を覗き込み、金額丁度の貨幣を取り出す。


「お菓子作ろうと思うの。何がお勧めですか?」

「去年はパイが流行ったけど、今年はドーナッツだね。丸いドーナッツを作って中にシロップを入れるのさ。最高だよ」

「美味しそう。レシピあります?」

「勿論。美味しいのを作っておくれよ」


 商品と一緒に、レシピを印刷した紙が袋の中へ入れられる。

 双子は礼を述べてから、その場を離れた。今の会話を聞いていたのか、次に並んでいた中年の男が、レシピについて尋ねるのが微かに聞こえた。


「ドーナッツだって。今度のお休みに作ろうかな」

「想像しただけで美味しそうだよ。作るときは言ってね。僕が珈琲淹れるから」


 アリトラが頷くと同時に、抱えている紙袋の中で瓶が音を立てた。それをリコリーは持とうとはしない。非常に残念なことに、リコリーはアリトラとあまり腕力が変わらない上に不器用だった。


「後何か見る?」

「骨董屋さんとか気になるけど、まだ準備中みたいだから」

「じゃあ一度外に出て、ソルと一緒にバターポテト食べに行こう」


 幻獣は流石に中に入れないため、会場の外に置いてきている。二人が中に入るときも、賢い獣は扉の前に寝そべって、尻尾を振って見送ってくれた。


「幻獣ってバターポテト食べるのかな」

「多分食べる。父ちゃんが前にジャガイモあげてるの見た。それに、自分が食べれないものぐらい把握してるでしょ」

「それもそうだね」


 呑気に話しながら、双子は出入口へと向かう。

 その時、自分たちの頭上で起きていることなど全く感知していなかった。

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