7-3.城の上の剣士達
「……双子ちゃんだ」
王城の屋根の上から公園を見回していたカレードは、そう呟いた。木綿の白いカットソーに軍服の上着を肩に引っかけている。軍の規則に反する服装ではあるが、この男に対して指摘する者は殆ど存在しない。
「双子ちゃん?」
傍にいた壮年の男が顔を向けた。
茶色い髪に灰色の瞳、眉間に寄せた皺とその皺から絞り出されたような細い鼻梁が目立つ。軍服を規則通りに着用し、腰に剣を下げている。十三剣士隊であることを示す腕章が風に揺れていた。
「あぁ、七番目の子供達か」
「何か白い犬みてぇなの連れてるけど、ゲンジューか?」
「……幻獣、だ。お前の発音はいつも変だな」
「隊長、そいつに難しい言葉は無理だって」
二人の後ろから声が割り入る。艶のある黒髪を一つに束ねたヤツハの剣士のものだった。
「クレキ。裏はどうだった?」
「うーん。あっちからは来ないんじゃないかな? だって森しかないし、王城の中に入る手段も限られる。「王朝の象徴」に該当しそうなものもないしね」
「油断は禁物だ。ラミオン、お前も見て来い」
「えー、双子ちゃん構いに行きたかったのに」
不満そうに返す部下に対し、十三剣士隊隊長であるランバルト・トライヒは呆れた表情を作った。
「馬鹿か、お前は。いや、馬鹿だったな。目立たないように此処にいるのに、目立ちに行ってどうする。あの娘と白い犬とお前が固まっていたら、一時的に待ち合わせ場所に使われるぐらい目立つだろうが」
「でも双子ちゃん、いい子だぜ?」
「人の話を聞け。いい子かどうかは話していない。目立つかどうかを話しているんだ」
苛立つランバルトを見かねて、ミソギが横から助け舟を出す。
「大剣、一応上官だから言うこと聞きな? ね?」
「そうか、一応上官だもんな」
「一応は余計だ!」
思わず声を荒げたランバルトだったが、部下の二人に静かにするように窘められて口を噤む。十三剣士隊はいずれも癖の強い人間が揃っているが、中でもこの二人は問題児であり、常にランバルトの胃痛の原因となっていた。
カレードが城の屋根を横切って裏手へと消えると、ランバルトは大きく溜息をついた。視界の端には双子が何やら仲良く話しながら歩いているのが見える。個人的な面識はないが、存在だけはよく知っている。自分たちの前では人を馬鹿にしたような態度しかとらない男が、双子を目に入れても痛くないほど溺愛していることも。先日、脱走した凶悪犯相手に二人で奮闘したことも。
「そういえばさぁ」
ミソギはランバルトが何を見ているか気付くと、口を開いた。
「七番目、最近見ないんだけど、隊長何か知ってる?」
「見ないって、家にはいるだろう」
「そうだけど、店にいないんだよ。かといってその間、家にもいないし」
「あいつのことについて何か考えるだけ時間の無駄だろう。大体、お前が一番奴とは懇意なのだから、気になるなら自分で探れ」
「冗談じゃないよ。何であいつと俺が仲がいいことになるわけ? あいつに気に入られてるのは隊長でしょ」
「その事実を口にするな。おぞましい」
ランバルトは身震いすると、気持ちを切り替えるために話題を元に戻した。要するに、自分たちがこんな場所で見回りをしている、そもそもの原因について話すことにした。
「で、怪盗がどこを狙うかわかったか?」
「うーん、結構絞り込めたけど、まだ決定打とは言えないかな」
ミソギは軍靴の先で屋根を小突きながら首を傾げた。
「怪盗Ⅴの目的は、王朝の宝物などではないと思うんだよね」
「だが予告状には「王朝の象徴」と書かれていただろう」
「違うよ。「滅びし王朝の象徴」だってば」
「何が違うんだ」
「大違いだね。そもそも、フィン国が安定していた中期頃のものを狙うのであれば、それにふさわしい王の名前を持ち出すはずだろう? なのに予告状に書かれていたのは最後の王である「翡翠王」だ」
金髪碧眼の偉丈夫で、剣術や馬術は無論のこと、魔法にも高い才能を持っていたとされる最後の王。自らの力に溺れて他国への侵略や軍事拡張を繰り返し、それが民間人の反発を買った。
最後は革命軍によって一族共々処刑された。第二王女は腹心の手により逃げ延びたという伝説があるが、真偽は定かではない。
「王朝が滅んだ時の王様の名前を出すってことはさ、その時の何かが盗む対象になると思うんだよね」
ミソギはそこで一度言葉を区切ると、「俺は」と付け足した。
「で、それらを踏まえて王城公園の中に該当する物を見てみたんだけど、翡翠王の処刑時に使われた剣とか、首を受けた桶とか、王本人の遺品とか、そういうものは王城内の特別展示室にまとめておいてある」
「今は刑務部が張り込んでいるな」
「うん。でもさ、そういうものって管理上、名前がついてるよね。例えば「処刑時に使用されたロープ」「第一王女サーランの首飾り」みたいにさ」
ランバルトはミソギが何を言いたいか悟ると、口を開いた。
「名前のないものを盗もうとしている。そういうことか」
「当たり。現に、前に美術館に盗みに入った時には何を盗むかきちんと書いてあったようだしね」
「しかし、名前がなくて、かつ怪盗が盗もうと思うものなんて存在するのか?」
「あるんだよね、一つだけ。刑務部はとっくに気付いてると思うけど」
ミソギは自分の足元を指さす。ランバルトはその指の先を見て、首を傾げた。
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