4-6.イルカのショータイム

「全員揃ったね」

「そろそろ始まるかな」


 双子が待ち構えていると、唐突に室内の照明が消えて、光源が水槽の中のみとなった。まるで切り抜かれた絵画のような光景に、女性たちが感嘆を上げる。

 女性スタッフが一人、ドームの出入り口の扉を丁寧に閉じて、それからよく通る声で話し始めた。


「本日は、『アスマ・ピラー』プレオープンイベントへのご参加、誠にありがとうございます。メインイベントに先立ちまして、本日お招きした方のお名前を読み上げさせていただきます。お名前を呼ばれましたら、合図をお返しください。オープンのための参考といたしますので、なにとぞご協力お願いします」


 リコリーは不思議そうにアリトラに尋ねた。


「どういう意味?」

「招いた人が全員イルカのショーを見に来たか、あるいは年齢に違って反応が分かれるかとか調査したいんでしょ。アタシも新作の試食の時は食べてもらう人の名前とか出身を聞いたりするし」

「ふーん」


 小声で話す双子を一瞥してから、女性スタッフは美しい声をもう一段高くした。


「海洋生物展示館より、ギレンス・ファーラント様」


 恰幅の良い男が短い返事をして一回だけ手を上げる。


「研究機関第七研究室、カルツ教授のご紹介により、エレナ・ランドン様、セレン・ドナンズ様」


 二人連れの女性が明るい声で返事をする。


「当館スポンサー『バイス商会』より、ミゼット・バイス様、ジョルジュ・バイス様」

「はい、此処にいます」


 ジョルジュが大きく手を振り、老婆がそれを「子供みたいな真似をするな」と叱責をした。


「フィン国軍ガルジス少佐のご紹介です。リコリー・セルバドス様、アリトラ・セルバドス様」


 二人は同時に返事をし、それを見て女性達が少し面白そうに笑った。


「国立博物館附属芸術院より、ビッツ・ハローズ様」


 絵を描いていた中年の男が鉛筆を持ったままの手を上げる。


「全員ご参加ですね。ありがとうございます。ショーに関して御不満な点などございましたら、終了後にスタッフにお知らせください。……さて」


 女性がドームの中心まで歩いて移動し、右手を天井へ向ける。するとドームの内側に緑色の葉が映し出された。葉は不規則に並んだ状態で左右に揺れ、まるで大樹の下にいるような錯覚を全員に与える。

 ドームに響く女性の声は静かで落ち着いていながらも、はっきりとした声量を保っていた。


「陸で生きる私達の遠い祖先は、海より来たと考えられております。アーシア神話では女神シッカが太陽を海より釣り上げて、イルカの背に乗せて万里を走らせたと残されています」


 大樹を模した映像に、木洩れ日の描写が混じる。あらかじめ作られた映像に対し、絶妙なタイミングでスタッフが台詞を重ねているようで、偶に調整のためか短い間合いが差し込まれた。


「シッカの使い魔がイルカであった理由は諸説ありますが、古来より頭の良い動物として知られていた彼らを、知恵と祝福の神の使い魔としたとする説が有力です。また、アーシア神話発祥の地であるラスレ国は、古くはカン・フライル、『祝福の海』と呼ばれており、人々は海から様々な恩恵を受け取っておりました」


 木の映像が揺れるように消えて、代わりに水中の映像になる。色とりどりの魚がドームの中を泳ぎまわり、それに合わせて音楽が鳴り始める。

 その見事な演出に何人かが感嘆符を零す。リコリーも同じように溜息をついたが、アリトラは驚きすぎたのか口を半開きにして固まっていた。


「海には様々な生き物が住んでおり、その五割も我々は知らないと言われております。当館に展示されている「透明イルカ」はその五割の中でも特別な一匹です。当館では、光魔法の権威であるジェスト・パース教授がある筋から入手した透明イルカを、氏の魔法技術と共に招致いたしました。その神秘の姿を、氏が手掛けた最新の魔法と共にお楽しみください」


 投影魔法が一度消えて、真っ暗となる。その中で水槽がぼんやりと光を帯びて輝きだした。全員反射的にそちらを見るが、先ほどまでと水槽の様子が違っていた。殺風景だと女性たちに言われていた内部は虹色の光で出来た絵で彩られていた。

 フィン国の王城跡地を繊細に描いたもので、この国に生まれ育った者なら誰しも一度は見たことがある。


「……『翡翠王の終焉』」


 リコリーがアリトラにしか聞き取れないほどの小声で呟いた。

 投影された城の絵の上を、イルカが悠然と泳ぐ。水槽の中が他に比べて空虚であったのは、この演出を邪魔しないためだと、誰もが理解した。


 虹色の光は水槽をキャンバスにして暫くその場に留まっていたが、やがて絵の具が溶けて流れ出すように周囲の壁へと広がって行った。壁の上に花を描き、ドームに木を描き、目に見えぬ画家がいるかのように、その動きは滑らかだった。


 不意に水槽の中のイルカの姿が消えたと思うと、虹色の線によってイルカがドームに描かれる。花や木々の間を泳ぎ始めたイルカは本物のように精密だった。水槽から出て来たイルカがドームの中を泳ぎ回っている。そんな錯覚を与える出来栄えに、誰もが声を失っていた。


 同じようにフィンの名所が次々と線画として映し出され、その中をイルカが泳ぐ演出が五分ほど続く。最後に虹色のイルカが水族館に向かっていき、そして水しぶきの映像と共に水槽の中にイルカが再び現れた。

 音楽もクライマックスのメロディを響かせて止み、同時に室内が明るくなる。


「凄いすごーい」

「凄いね」


 双子が拍手をすると、若い女性と画家が同様に手を叩く。

 老婆と恰幅のいい男は、相変わらず険しい表情を崩さなかった。


「皆さま、お愉しみいただけたでしょうか」


 女性スタッフの声がドームへと響く。出入口の扉はいつの間にか開かれていて、廊下の明るい光が入り込んでいた。

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