9-27.考察と転換

 中央区学院は試験期間中のため、正門も裏門も閉じていた。

 リコリーは辺りを見回し、アリトラの姿がないことを確認すると、迷わず正門横の守衛小屋へ向かう。中にいた年老いた守衛に、リコリーは手首のバングルを見せた。


「制御機関法務部のセルバドスと言います。現在起きている爆破事件について、各施設の見回りを行っているのですが」

「……さっきも刑務部から連絡があったが、特に不審な物などはなかったよ」

「少し状況が変化しまして。生徒たちに迷惑は掛けませんから」


 守衛は面倒そうな表情をしていたが、ふとリコリーの顔を見ると「おや」と呟いた。


「君は、去年まで此処の生徒だったんじゃないか?」

「はい。風紀委員でした。何度か校舎の鍵を貸していただいたことがあります」

「そうだそうだ。随分鋭い目だから覚えているよ」


 態度を軟化させた相手に、リコリーはここぞとばかりに畳みかけた。


「母校に何かあったらと思うと心配なんです。確認したらすぐにお暇しますから。お願いします」

「そういうことなら大歓迎だよ」


 守衛は小屋の窓から手を伸ばし、通用口の鍵を外した。


「すみません。ありがとうございます」

「気を付けるんだよ」


 過去の真面目な自分に感謝しながら、リコリーは学院の敷地内に足を踏み入れる。まだ卒業してから一年も経っていないのに、どこか余所余所しい空気が漂っているのは、生徒たちの声が一切しないためだと考えられた。


「まだ無事みたいだね」


 静寂には一片の乱れもない。学院は広大な敷地内にいくつもの建物があるが、それらは役割によって名称が異なる。


 職員達が業務を行うための「管理棟」、生徒達の教室がある「生徒棟」、運動を行うための「演習場」、魔法の実験や演習を行うための「実技場」。


 普通に考えれば、ロンギークは生徒棟にいるはずである。教室まではリコリーは知らないが、十六歳の生徒が生徒棟のどのあたりに固まっているかはわかる。


「大声で呼べばわかるかな。後で怒られそうだけど」


 リコリーは自分で呟いた言葉に、ある違和感を覚えて口を閉ざす。仲の良い双子でも、ロンギークの教室は知らない。父親であるカルナシオンなら教室の場所は知っているかもしれないが、席順まではわからないだろう。


 それはバドラスも同じはずだった。だが、これほどまでに大掛かりなことを仕掛けておきながら、ロンギークを探して教室を一つずつ回るという手段はあり得ない。


「それなら生徒棟を丸ごと爆破したほうが早い。でもそれだとロンを確実に殺せる保証はないし、別の人間も巻き込む……よね」


 バドラスがロンギークを狙うとしたら、生徒棟の向かいにある管理棟や、試験期間中は使われない実技場などに身を潜めるのが定石と思える。

 だが、そこから試験を受けているロンギークだけを狙うのは難しい。試験が早く終わった生徒は教室を出て良いことになっているが、いつ出てくるかなど、誰にも予測出来ない。


「……いや、違う」


 リコリーの脳裏を過ぎったのは、ライツィとロンギークの写真が載せられた新聞だった。

 ロンギークは五年間で成長して、当時とは背丈も雰囲気も異なっている。バドラスは写真を見て、今のロンギークを認識した。しかし逆に、バドラスは成人済みの状態で犯行に及んだため、その顔立ちは変化していない。


 もし、母親を殺した男の顔を教室の外に見たとしたら、次にロンギークが取る行動は何か。昨日からの爆破事件のことはロンギークも当然知っている。皆がカルナシオンやカレードの事を気に掛けている裏で、ロンギークだけが犯人の本意を直感的に悟っていたのかもしれない。


 そんなリコリーの考えを裏付けるかのように、誰かが校舎の中から出てきた。遠く離れても目立つ赤毛を揺らし、その少年はリコリーとは逆の方向に走っていく。


「ロン!」


 リコリーは慌ててそれを追いかけて走り出す。自分の足の遅さを、これほど恨んだことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る