9-22.隠された真実

 双子が何を言わんとしているのか、カレードは朧気ながらも掴めてきた。元々学はないが、カレードは決して愚かではない。愚かでないからこそ、復讐のために己を押し殺して国境軍を出て、十三剣士隊に入った。無鉄砲のようでいて、何処か冷静な頭が二人の言葉を処理していく。


「ディードが爆破したなら、あの部屋にあったのは……」

「地図に信憑性を持たせるための偽物です。部屋はあんなに汚れているのに、調査書には汚れ一つついてなかった。あの場所にいた刑務部の人間に聞いたところ、当初は調査書は軍の封筒に入っていたそうです」

「調査書を汚れないように読んで、封筒にしっかりと仕舞う人なら、床に食べ物を散乱させたりしない」


 双子は互いの思考を擦り合わせるかのように、短い言葉を交互に紡ぐ。必死に焦りを押し殺し、カレードに言葉を正確に届けようとしていた。


「もしこれまでの犯行が全てディードの仕業だとすれば、バドラスは脱獄してから実質、ノーマークの状態。もし北区にいるのがディードだけだったとしたら、今向かっている人たちは引き返せないし、引き返したところでバドラスが何処にいるかわからない」

「ディードは相当な愉快犯です。軍と制御機関の人間がこぞって中央区から消えて、手薄になったところで別の犯行を起こす。彼にとってそれほど「面白い」ものはない」


 リコリーがカレードの目を見て、吐き出すように言った。


「ラミオン軍曹なら、わかるんじゃないですか。ルイリオンの一族を殺された貴方なら」


 三人とも口を閉ざし、息苦しいほどの静寂が場を支配する。

 カレードは少し蒼ざめた表情で、金髪を右手で握り込み、何度か荒い息を繰り返す。脳裏に広がるのは、五年前のあの夜だった。生まれて初めて手に入れた幸福を、自らの手で壊していく感覚は、何一つとして欠けることなく脳に刻まれている。


 殺してほしいと懇願する彼らの心臓を、カレードは一つずつ突き刺した。悲しいとか悔しいとか、そんな感情すらなかった。もうその時にはカレードは、ディードを殺すことだけを考えていた。


「僕達、一つだけ心当たりがあるんです。バドラスが何処に行ったか」


 沈黙に耐えかねたように、リコリーが声を出す。


「どうしてこんな寒い時に、ディードがバドラスを脱獄させたか。普通に考えれば、もっと動きが制限されない時にする筈です。どちらもこの国の出身で、フィンの冬が厄介なことは知っているんですから」

「今じゃないといけない理由があった。そう言いたいんだな?」


 リコリーは頷くと、今までずっとその手に抱えていたアリトラの靴を突き出した。包んだ新聞紙は数週間前のものであり、大きな写真が一面に貼られている。


 制御機関の前に続く商店街で、慰霊祭に使う飾りが壊される事件が起きた。解決したのは双子だったが、商店街の実質的なリーダーでもあるライツィが説明した方が信憑性があると判断して押し付けた。

 あまり物覚えが良くないライツィは一人で説明することを面倒くさがり、もう一人を強引に巻きこんだ。

 写真の中でライツィと一緒に写った少年は、居心地悪そうに眉を寄せて視線を少し逸らしている。


「黒騎士事件の唯一の生存者、ロンギーク・カンティネス。僕達の幼馴染です」

「バドラスから見たら「殺し損ねた得物」。ディードから見れば、自分の流通ルートを潰した人間の息子。標的にしてもおかしくない。中央区の戦力を北区に移動させ、手薄になったところをバドラスが動く」

「北区に一度入ってしまえば、引き返すのは難しい。まして、連続爆破騒ぎで公共機関は稼働を制限されています。バドラスが北区にいないと気付いた時には手遅れというわけです」


 カレードは二人の顔を交互に見て、迷うように口を何度か開いては閉じることを繰り返す。

 双子の推理が正しいのであれば、仇であるディードは北区にいる。中央区にいるのはカルナシオンの仇であり、カレードには関係がない。


「……その、バドラスが中央区にいる証拠はないんだろ? 行っても無駄かもしれないじゃねぇか」

「それは……」


 アリトラが口ごもり、視線を逸らす。しかし、リコリーがそれを打ち消すほどの強い口調で反論した。


「証拠はあります。そもそも煙草屋で見張っていたのなら、マスターもロンもいつだって始末できた筈です。それをせずに、こんな面倒な方法を取る理由はただ一つ、皆を馬鹿にしたいだけです」


 カレードは、一見無茶苦茶なリコリーの言葉に妙な説得力を感じて息を呑む。ディードという男の異常性はカレードが一番知っている。これだけ大掛かりな事件を起こして、その目的がカレードでもカルナシオンでもない一人の少年だと言われても、否定することが出来ない。

 だが、極端に冷たい言い方をすれば、カレードにとってロンギークは会ったことすらない他人だった。今から北区に行けば、ディードと戦うことが出来る。五年間、色褪せることのなかった憎しみを晴らすのに、顔も知らない少年を助ける意味などない。


「俺は、あいつを殺すために……」


 自身に言い聞かせるような言葉を、鐘の音が遮った。

 制御機関の建物内で使われている、午後三時を知らせる鐘は、営業をしていない喫茶店にも平等に鳴り響く。

 双子はそれに気付いて顔を上げると、同時に互いに見合わせて頷いた。


「行こう、リコリー」

「うん。……ラミオン軍曹」


 傍らを通り抜ける直前、リコリーは心痛な面持ちでカレードに言った。


「貴方が何処に行こうと、僕達に止める権利はありません。でもいなくなると、少なくとも僕達は悲しいです」


 それだけ言い残して、二人は雪の降る外へ駆け出していく。

 カレードは暫くの間、其処に立ち尽くしていた。

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