9-15.それでさよなら

 カレードは双子に連れられて煙草屋に入ると、その乱雑な室内を見て口笛を鳴らした。


「こりゃいいな。何処に重要なものがあったかよくわかる」

「わかるの?」

「もう刑務部や軍が色々探し回った後だろ? 何も見つからなかったところはグチャグチャにしたまま、何かがあったところは綺麗なまま。変に荒らしまわって、大事な物が破損したりすると困るからな」


 部屋にはまだ刑務部の若い魔法使いや、軍の人間が立ち会っていたが、十三剣士の登場に戸惑っているようだった。誰もがその名を一度は耳にしたことがある、金髪の美剣士。荒らされた部屋の中で一層目立つ美貌に目を奪われ、一緒に連れている双子へは目が向いていない。


「おい、此処にミソギ来なかったか」


 唐突に話しかけられた軍人は、まだ入隊して間もないと思われる幼さの残る顔立ちを強張らせた。


「ミソギ……?」

「疾剣だよ。黒髪で細い目をした」

「ク、クレキ中尉でしたら、エスト刑務官と現場検証をした後に出て行きました」

「あっそ」


 カレードはそのまま、誰の了解も得ずに部屋の中へと踏み込む。刑務部の魔法使いが慌ててそれを制しようとしたが、紺碧の目で睨まれてその場に踏みとどまった。

 荒れた部屋の中、カレードはベッドの上に置かれた地図を見つけて歩み寄る。高級紙に印刷されたフィン国の地図に、五つの赤い印がついていた。商店街での噂通りの内容に、カレードは薄く笑みを浮かべる。


「やっぱりな」


 印のつけられた場所は、ワナ高原の西側にある小高い丘を示していた。其処は遊牧民たちの墓地として神聖視されている。カレードが五年前に殺した大勢の遊牧民も、そこで眠っていた。


「上等だよ」

「カレードさん」

「どうしたんですか?」


 不意に左右から覗き込んできた双子の顔を見て、カレードは一瞬思考を止めた。


「地図」

「ライチが言っていたやつだね。確かに制御機関と嘆きの碑の場所に印がある」

「これが見張り塔。こっちが古戦場跡地。で、これがワナ高原?」

「この一帯がそうだね。細かい地形まではわからないけど」


 カレードは左右を双子に挟まれていまい、困ったように眉を寄せた。ディードの行方がわかった以上、此処に用事はない。だが払いのけるわけにもいかないし、かといって口先で誤魔化してその場を抜け出すような機転もない。


「なぁ、双子ちゃん」

「これだと、どっちが先に爆破されるかわからないね」

「そもそもあらかじめ場所を決めているなら、こうして書いておくことも無いからね。つまりこれは軍と制御機関を意図的におびき出そうとしているってことだよ」


 双子は聞こえない振りをして、矢継ぎ早に推論を交わす。カレードの様子がおかしいと気付いたリコリーは、煙草屋に入る直前でアリトラにもそれを知らせた。細かい事情がわからないながらも、二人はカレードを少しでも長く足止めしようと考えていた。

 カレードをこのまま行かせてはいけない、と本能的な部分が強く動いていた。


「二箇所印があるということは、どちらかがオルディーレの死神だね」

「バドラスには個人の戦闘能力はない。でも爆破魔法を使う術はある。ということは、バドラスのいる方には相当な罠が仕掛けられている筈」

「そうなると、理想となるのはバドラスの方に刑務部、オルディーレの死神の方に軍だね。でもさっき三つ目の爆破が起きたと考えると、既に軍や制御機関は出発しているかもしれない」

「でもそれなら、ライチ達が見てるんじゃない? さっき、そんな話なかったよ」

「ということはそろそろ……」


 窓の外から少しざわめきが聞こえた。アリトラが窓辺に駆け寄り、下を覗き見る。汚れた窓硝子の向こうには、マニ・エルカラムの焦げた外壁と、建物の正面入口がよく見える。

 入口から次々と武装した魔法使い達が出て行くのを、周囲の住人が不安そうに見守っていた。


「刑務部に……うちの部長もいるな。腕の立つ人を集めたみたいだ」

「リコリー!」


 アリトラが大きな声を上げて、硝子越しに一点を指さす。

 緊張した面々の中に、双子の母親であるシノの姿があった。


「何で母ちゃんが?」

「それだけの大捕り物ってことだろ」


 双子の後ろから窓の外を見て、カレードが口を開く。


「お偉いさんを投入すりゃ、命令系統も上手くいくらしいからな。俺には関係ねぇけど」

「大丈夫かな……」

「ミソギに聞いたけど、凄腕の魔法使いなんだろ? 心配すんなって」


 慰めるように言ったカレードは、良い機会だとばかりに双子から一歩遠のく。


「俺はそろそろ戻るかな。軍の方もバタバタしてるだろうし」

「行っちゃうんですか?」


 リコリーが窓から目を逸らし、カレードを見上げる。アリトラも同様に振り返り、真っ直ぐに視線を向けていた。


「此処にいても仕方ないしな。十三剣士隊も北区に行くんだろうし、同行しねぇと隊長に怒られる」

「あ、あの……」

「なんだ?」


 何かを言おうとしたリコリーは、しかし結局口ごもって黙り込む。カレードはその様子を見て、眉を下げて苦笑を零した。


「そんな顔するなよ。下まで一緒に行こう」


 それでさよならだ、と小さく付け加えた言葉は双子だけが聞いていた。

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