第9話 +GrimReaper[死神]
9-1.第三警告発令
セルバドス家の双子はその共通の知り合いの間では、非常に仲の良い双子として有名だった。
リコリーは目つきのせいで誤解されることが多いが、おっとりとした性格をしている。幼い頃から近所の悪ガキに虐められても泣いているだけだったし、猫や犬といった動物を愛でて幸せになれるような子供だった。
それに対してアリトラは活発であり、虐められたリコリーのために悪ガキと喧嘩をして、その後何やら友情まで生み出していたタイプであり、老若男女問わず知り合いも多い。
正反対の双子であるが、共通の友人や知り合いに対してのスタンスはほぼ一緒であり、特に弟のように可愛がっているロンギーク・カンティネスには二人とも何かと甘かった。
「あれぇ、ロンだ」
昼休憩が終わった後の『マニ・エルカラム』で、ディナーの仕込みをしていたアリトラは、店の外に立っている少年を見つけて声を出した。
同じく仕込みをしていたカルナシオンが、それに反応する。
「ロンギーク? あぁ、そうか。学院は今、試験期間だから早く終わるんだな。にしても此処に立ち寄るなんて珍しい」
絶賛反抗期中のロンギーク・カンティネスは、父親であるカルナシオンを避ける傾向にある。家とこの店は目と鼻の先であり、学院から家に戻るには店の前を通る方が早いのだが、わざわざ遠回りをして帰っているのが、その頑なさを示していた。
それが店の前の道を通り、あまつさえ店の中を見ているとなると、普段はロンギークの好きなようにさせているカルナシオンも、多少気になるようで、アリトラに目くばせをした。
「はいはい。マスターが行ったら逃げちゃうかもしれないしね」
店には二箇所の出入り口があり、カウンターの中から見て左側が建物内、右側が建物外へと続いている。制御機関の人間以外は、右側の扉を開けて入ってくることが多い。
カウンターの外に出たアリトラは、右側の店の外に通じる扉に手を掛けると、手前に引いて開いた。
外に立ったままだったロンギークは、少し驚いた表情をしたものの、姉のように慕うアリトラであることに、安堵した表情を浮かべる。
「どうしたの、ロン?」
「いや、その……」
煮え切らない返事をしながら、ロンギークは視線を彷徨わせる。赤い髪のせいでわかりにくいが、少々顔色が悪い様子だった。
「具合悪いの?」
「別に。……父さんいる?」
「いるけど、呼んであげようか」
「いるなら、いい」
そう言うとロンギークは踵を返して、商店街の方に走り去ってしまった。
「あれ? ロンってば!」
アリトラがその背中に呼びかけるも、すぐにその背中は商店街の人ごみの中に埋もれてしまい、見えなくなってしまった。
「おい、ロンの奴どうした?」
同じようにカウンターから出て来たカルナシオンが尋ねるも、アリトラは首を傾げるしかなかった。
「わからない。マスターがいるか聞いたくせに、いるって言ったら帰っちゃった」
「なんだそりゃ」
「なんだろうね」
アリトラがカルナシオンを見ると、偶にしか見せない父親の表情で、商店街の方に視線を向けていた。
「見て来たら? 家近いんだし」
「だが、俺に話すとは思えない」
「でも、わざわざマスターがいるかどうか聞いた。ということは、何か言いたいことがあったと思う」
カルナシオンは暫く悩んでいたが、やがて頭を乱暴に掻くと、腰に巻いていたエプロンを外してカウンターテーブルに放り投げた。
「ちょっと行ってくる」
「五時までには戻って。一人で回せなくなるから」
カルナシオンが出て行くと、入れ違いのようにリコリーが顔を出した。
店の中を見て、アリトラだけであることを確認すると、首を傾げる仕草をする。
「マスターは?」
「ちょっと家に戻ってる。どうしたの」
「刑務部に行ったら、気になることを聞いてさ。マスターはもしかしたら既に知ってるかもしれないけど、一応耳に入れておこうかなって」
中に入ってきた片割れに、アリトラは仕込みの過程で出たチーズの切れ端を渡す。
それを食べながら、リコリーは言葉を選んでいるようだったが、チーズを飲み込むと視線をアリトラに合わせた。
「この前の事件で、容疑者がシスターを所持していたことがわかったんだ」
「シスターってあの「史上最悪の薬物」?」
「そう。五年前まで流通していて、多くの猟奇殺人を引き起こした。あまりに影響範囲が広くて、当時は報道規制がかかったらしい」
「でも五年前に流通ルートは無くなったんでしょ」
「だから、また出て来たのが問題なんだ。
黒騎士事件、という言葉にアリトラが反応を示す。
それは五年前に第三地区で起きた通り魔事件に対する通称で、捕まった犯人はシスターの常習者だった。「黒い騎士に生贄を捧げる」と証言したことにより、その名前がついた。
十二人の死者が出て、事件現場には慰霊碑も建っている。毎年、事件の日にはそこで遺族が中心となって祈りを捧げていることが新聞に取り上げられる。
だが双子は、それに唯一参加していない遺族を知っていた。
「やっぱりさ、マスターって黒騎士事件が原因で制御機関辞めたのかな」
アリトラがそう尋ねると、リコリーは困ったように眉を寄せた。
「どうなんだろうね。おばさんがあの事件で亡くなって、半年ぐらいロンをうちで預かってたでしょ? その時に何かあったとは思う」
「母ちゃんは知ってるだろうけど……」
正直聞きにくい、というのが二人の合致した意見だった。
双子の母親であるシノは、カルナシオンとは幼馴染であり、好敵手でもある。周囲の人々は、いつも一緒にいる二人を見て、将来結婚するものだと思い込んでいたらしいが、当の二人には全くそのつもりがなかった。
ホースルが偶に冗談めかして「あの二人はキョウダイみたいなもんだよ」と言うが、それは中らずと雖も遠からずだと双子は思っている。あの二人の間には家族よりも強固な何かがあって、きっとそれは他人には一生理解が出来ない。
「まぁ、僕達が気にしても仕方ないか」
リコリーが諦めたような口調で言って、アリトラもそれに同調した。
「ロンが気にするなら兎に角、アタシ達は他人だからね。それより、今の話だと、法務部も会議してるんでしょ? リコリー出なくていいの?」
「僕は新入りだからね。少なくとも来年にならないと、あんな大事な会議には参加出来ないよ。今はその会議で忙しい先輩方の雑務を肩代わりってところ」
「それ、沢山あるの?」
「もう終わったよ。だから顔を出したんじゃないか」
リコリーは真面目な性格をしているため、どんなに気が進まないことでも全て片付けてからでないと、次に進めない。例え怠けたところで誰も気付かないことだとしても、それが許せない性分だった。
「じゃあ珈琲持って行ってよ。リコリーが雑用してるってことは、サリルもでしょ? 試供品の珈琲豆が余っちゃって、困ってる。二人で片付けてほしい」
「うん、いいよ」
マニ・エルカラムは大陸一不味い珈琲を出すことで有名であるが、それは豆のせいではない。淹れる人間の技量の問題である。従って、他の人間が淹れれば、普通の珈琲が出来上がる。
アリトラが珈琲の準備をするためにカウンターの中に入ると、リコリーは椅子に腰を下ろして、手持無沙汰に店の中を見回した。壁にかかった黒板に、おすすめのメニューが書かれている。
「バナナチョコトースト?」
「新メニューだよ。といってもマスターがずっと前に作ってたのを思い出しただけ。母ちゃんがよく夜食にねだってたとか」
「美味しそうだけど、甘そうだね」
リコリーは甘いものも食べれるが、好んで食べたいとは思わない。
どちらかと言えば肉や魚などの、塩加減の効いたものが好みである。香辛料を混ぜ込んだ腸詰肉。張り詰めた皮を齧った途端に溢れる肉汁。周囲の人間はそれを齧りながら酒を飲むのを至高とするが、あまり酒に強くないリコリーは、ソーセージの味がわからなくなるからと嫌厭している。
「食べる?」
「今度食べる」
しかし嗜好は兎に角として、双子の間には「片割れが美味しいと言ったものは美味しい」という確信があった。十八年の歳月の中で、片方が美味しいと思った物が口に合わなかった試しはない。
「サリルって珈琲はどうやって飲むのかな。知ってる?」
「多分、砂糖だけ。いつも横でそうやって飲んでるから」
「了解」
暫くすると、アリトラが蓋つきのタンブラーを二つ持ってカウンターから出て来た。片方には角砂糖が二つ乗せられている。
「飲み終わったら返してね」
「ありがとう」
リコリーがそれを受け取った時、天井の伝達魔法陣に魔力が注がれる音がした。平素は火災訓練や、定時チャイムを流すだけに使われており、今のような中途半端な時間に使われることは滅多にない。
双子が天井を見上げると、何処か緊張を孕んだ声が魔法陣から響いた。
『緊急放送、第三警告。緊急放送、第三警告』
「何これ」
アリトラが目を丸くしている傍らで、リコリーは眉間に皺を寄せて聞いていたが、そのまま店の出口へと歩を進める。
「リコリー?」
「何かあったみたいだから戻るよ。第三警告だからまだ大丈夫だと思うけど、念のため気を付けて」
「第三警告って何? 制御機関の
店の扉を開けかけたリコリーは、首だけで振り返る。
「緊急性のある事案に対する警告のことだよ。第一警告まで行くと、軍と協力の上で迅速に危機を排除。黒騎士事件以来、第一警報は出てないけど、このタイミングで警報が出るのは気になるから……、まぁ兎に角気を付けて」
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