8-20.思惑だらけの日
刑務部と加害者を見送った後に、ホースルの元に戻ってきたミソギは軽い調子で口を開いた。
「犯人は捕まった。お陰であんたも釈放だ」
「大剣はどうした」
「病院に向かわせたよ。いくらあいつが頑丈だからって、軍人が腕から血を流して歩き回っているのは、市民に不安を与えるからね」
「そうか。刑務部が解決したのか?」
ホースルの問いに、ミソギは愉快そうに笑みを浮かべる。
「そうだよ。エスト刑務官が解決した。といっても入れ知恵したのは双子ちゃんだ」
「……双子? もしかしてアリトラもいたのか」
「そうみたいだね。俺もさっき、カレードに聞いた。本来はマスターが来るはずだったんだけど、代理で向かわされたんだって」
ホースルは難しい表情をして、眉間に皺を寄せた。
「何だい、その顔。双子ちゃんが色んなことに首を突っ込むのをやめさせたいなら……」
「疾剣、尋ねたいことがある」
血のように赤い瞳に射られて、ミソギは不思議そうに瞬きをした。
「どうしたんだい?」
「お前はどうして今日に限って、このあたりをうろついていたんだ」
「俺じゃないよ、大剣が勝手に出歩くから追いかけて来たら、此処の界隈だっただけで」
「……やはり、そうか」
「やはりって?」
意図が読めないホースルの言葉に、ミソギが尋ね返す。
普段は煙に巻くような会話に終始する男は、しかしその日ばかりは真剣だった。
「私は普段、このような場所には来ない。だが今日はある用事があって顔を出した。しかし、大剣が此処に来て、そしてカルナシオンが自分の代わりにアリトラを向かわせ、更にヴァン・エストがわざわざ出て来た。これは偶然ではない」
「エスト刑務官が何だって? 彼は刑務部でも有能とされる魔法使いだ。出向いてきたって不思議はないじゃないか」
「彼はカルナシオンが一番可愛がっていた後輩だ。恐らくだが、彼も私や大剣と同じ理由で此処に来たのだろう」
ミソギは眉を片方だけ持ち上げる。
「『シスター』かい?」
「そうだ。西ラスレから流れ込み、瞬く間に民間に広がった違法薬物。五年前に一掃されたはずのものが、この界隈で流通しているという情報が入った。少しあの薬物を気にかけている者であれば、その情報を得るのは難しくない」
「カレードもカルナシオン・カンティネスも、その情報を掴んだ。もしそうなら最悪だよ」
「どちらか、あるいはどちらも、暴走しかねない。自分達の過去の懺悔のために」
不意にホースルの視線がミソギから外れる。
父親を迎えに来た双子の話し声が、微かに聞こえて来た。
「また近いうちにそちらに向かう。続きはその時に話す」
「そうしてくれると助かるよ。しかし、参ったな」
何処か諦めるような、自嘲めいたような、つまりは感情の落としどころが見当たらない声でミソギは呟いた。
「あの二人が暴走したら、どうやって止めればいいんだろう」
「簡単だ。殺せば止まる」
ホースルは、いつもの優しい父親の表情で言うと部屋を出て行った。双子が揃って「父ちゃん」と懐いた声を上げるのが聞こえる。
ミソギはそれを聞きながら、小さく舌打ちをした。
「それが出来たら五年前にやってるよ、くそったれ」
ミソギはカレードのことは、軍に押し付けられた厄介なお荷物程度にしか思っていない。ただの顔見知りであるカルナシオンに至っては尚更だった。
本来ならば、その二人が何をしようと傍観していれば良いだけである。恐らく誰も責めはしないし、諦めるのも目に見えている。だがミソギは、その二人を止めなければいけないと思っていた。
平和だの、親愛だのは其処にはない。ミソギには剣と言う力がある。それを振るうべき場所で振るわないのは、その誇りを自ら捨てるに等しい。その誇りのために、ミソギは一つの決断を下そうとしていた。
END
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