6-9.最初の終わり

「それで、結局何が割れてたんだ?」

「流石、今の話だけで気付きましたか。割れたのは窓ではなく、硝子の置物です」


 マニ・エルカラムのカウンターで、ミルクティーを飲みながらリムが返した。

 珈琲は不味いが、それさえ飲まなければ他の飲み物は悪くない。


「第五演習場で割れていたのが窓硝子だったので、双子ちゃんはそう思い込んでいましたけどね。そもそも同じ窓硝子であれば、あそこまで粉々に砕く必要なんてないんです」

「だな。結合魔法を使うのに必要な硝子は全体の一割程度。残りは床に撒いておくにしたって、粉々にする必要はない。となるともう一つの硝子は窓のような平坦な造りじゃなかったってことだ」


 カルナシオンは調理をしながらそう言った。熱されたフライパンの上では、目玉焼きが行儀よく焼かれている。


「それに二枚分の窓硝子って、砕いたところでものすごい量だからな。いくら何でもわかる。あの双子は悪戯とかしないから、割れた硝子がどうなるか、知識でしか知らないんだろうよ」

「なるほど。まぁ、いい線は行ってましたよ。あの年にしては上出来です。カンティネス氏の教育の賜物ですか?」

「馬鹿言うな。俺はあいつらにはホットサンドしか食わせてねぇよ。それで風紀委員会は罪を認めたか?」


 飛躍した言葉に、リムは肩を竦めた。


「そこまでわかるなら聞かなくても良いんじゃないですか?」

「是非ともライラック軍曹から聞きたいね。なぁ、黄身は固い方がいいんだったか?」

「お願いします。アリトラちゃんは運動部なので、自然と弓術部や銃術部のほうに疑いの目を向けていたようですが、リコリー君のほうは気付いていたようですね。朝と放課後に活動し、なおかつ専用の活動場所があるのは、運動部ばかりじゃありません」


 風紀委員は朝、生徒の服装チェックのために校門に立っていることがある。登校する生徒が対象なので、当然皆より学校への到着は早い。また、委員会の腕章をつけた生徒が朝早く敷地内をうろついていたとしても、誰も不思議には思わない。


「でもリコリー君は、恐らくそこで止まっている。剣術部に嫌がらせをしたのは風紀委員会なのではないか、とね」

「だが風紀委員室の窓が割れたのだったら、リコリーは知っていなきゃおかしいし、そもそも割れたのは硝子の置物だ。そう、前日に学長室から盗まれた置物。それが硝子製だったんだろう?」


 リムは短い肯定を返した。


「各学院の学長達が、剣術の試合で賭博をしているという噂は長いこと囁かれてきました。風紀委員長である男子生徒も、気になっていたようです」


 きっかけは、アリトラが優勝してしまった剣術大会だった。

 弱小剣術部に賭けるものなど滅多にいなかったのだが、酔狂な一人が賭けたことで、他の全員が大負けをする羽目になった。


「そこで、失敗失敗と頭でも掻いて寝てればよかったんですけどね。損失を補うために学長は学校の金に手を出した。風紀委員として校舎の見回りをしていた男子生徒は、偶然それを見てしまったわけです」

「しかし相手は学長だ。生徒一人が不正を訴えようとしたところで、証拠はないに等しい。まして他の地区の学長まで絡んでいる話だ。揉み消される確率が高い」

「そう。だから彼は学長に対して無言の抗議を行ったんです。馬鹿げた話ですよ」

「子供なりに必死に考えたんだろう。あぁいう年頃には、安っぽい正義も必要だ」


 風紀委員が朝早くに学校に入り、学長室に対して嫌がらせを行う。それを学長が、恨まれているのは自分に非ずと、剣術部に押し付けに行く。

 文字にしてしまうと単純な話であるが、嫌がらせの隠蔽という行為が、事件を複雑にしてしまった。真犯人は勿論、学長が何をしたかわかっただろうが、それを指摘することは犯人だと告白するようなものである。


「狩人という言葉を使ったのは、風紀委員の彼が仕組んだ「罠」でした。剣術に対して「狩人」なんて表現は相応しくない。誰か敏い人間が気付いてくれないだろうか、という期待が込められていたんです」

「それを、同じ風紀委員が暴くというのは、少々出来すぎだな」


 カルナシオンは焼きあがったトーストの上にチーズを乗せ、更にその上に焼き立ての目玉焼きを乗せた。

 熱で溶けたチーズと、トーストの香ばしい香りがリムのところまで届く。


「はい、お待ちどーさん」

「いただきます」


 リムは皿を受け取ると、上品な仕草でトーストを口に運ぶ。


「このトーストは大変美味しい。このような食べ物は本来好まないのですが」

「ライラック家のご当主にお褒め頂き、光栄至極。ラミオン軍曹は食い方も味わい方も、なっちゃいない」

「貧民街出身の男には、それが限界でしょう。あの馬鹿ときたら、虫だろうとネズミだろうと口に入れるんですから」


 馬鹿にしたような調子で言いながら、リムはチーズの絡んだ目玉焼きの白身部分を、焼けたパンと共にかじりとる。


「しかし、意外でした。セルバドス家の末娘の相手が移民とは」

「早速調べたのかよ。爵位も持たなかった元貴族には興味ない、って言ってただろ?」

「えぇ。ですがアリトラちゃんの髪には興味があったので」

「その発言は少し変態っぽいぞ、ご当主様」


 ライラック家は、かつて侯爵であり、この一帯を治める大貴族でもあった。王政が崩壊した時に領地の殆どを没収されても、まだ富豪では居られた程度の財産はあった。

 それから数百年に渡って、ライラック家は残った財産を投資などで増やしながら、かつてほどの勢いはなくとも、名門として在り続けた。

 だがリムの父親が無謀な投資を行ったために、それらも失われてしまった。

 自業自得のくせに投身自殺をした父親に代わって当主となったリムは、その美しい眉間に皺を刻む。


「違いますよ。髪の色です」

「ホースルが遠いところの出身だからな」

「どこかは知らないのですか?」

「聞いたことはあるけど、疲れたからやめた」

「はぁ?」


 リムは首を傾げたが、カルナシオンが煙草に火を点けたのを見ると、それを見咎めた。


「食事中です。煙草はやめてくれませんか」

「文句あるなら来なくていいぞ。俺は煙草を吸っていないと、呼吸困難で死に至る」


 煙を天井に吹き上げながら、カルナシオンは思い出したように付け加えた。


「これは俺の勘だけど、笑わないで聞いてくれるか?」

「なんでしょうか」

「多分、双子はまた同じようなことに巻き込まれるぞ」


 黄身の部分を頬張ったリムは、それを飲み込んでから苦笑を返した。


「それは、面白そうですね」


END

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