6-8.窓硝子を割ったのは?

「そんなこと言うぐらいなら、さっさと帰ってストーブの前で丸くなってますよ。僕が重要だと考えるのは、「窓硝子が今日割れた理由」です」

「よくわからないな。それは君がさっき説明しただろう? 犯人は嫌がらせをなすりつけるために……」

「ではいつ、この仕掛けを作ったんでしょう?」


 リムはその問いに数秒間だけ黙り込んだ。

 形の良い頭の中にある脳を回転させ、紫色の双眸を数度瞬かせる。


「他の嫌がらせの内容から考えて、犯人は第五演習場に入る術を持っていない。となると窓硝子を割るには外から打撃を加える必要がある。となると、人目に付かない時間帯が望ましいから、昨夜の夜か今朝かな?」

「恐らく夜のうちでしょう。今日の朝は強い風が吹いていた。いつ人が来るかわからないのに、硝子を割って、それを掻き集めて接着するなんて無謀にもほどがあります。すると次に問題になるのは」

「どうして、その硝子を朝に割らなかったのか」


 アリトラがどこか可笑しそうな表情で言った。リコリーと違って愛嬌がある顔立ちである分、却って印象的でもあった。


「今日は貼紙はあったけど、朝の練習はそのまま行われた。もし前日の夜に仕掛けてあったのなら、そこで破壊してしまえばよかったはず。まして直前に貼紙を壁に貼り付けたのなら、すぐ近くで待機してることだって可能だった」

「そう出来ない理由があった。そう言いたいのかな?」

「その通り。例えば、自分も朝練に出なければいけなかったとか」


 その仮説に、リムは感心したような声を発した。


「朝練がある部の人間。そういうことか」

「それも多分、教官とかキャプテンじゃないかな。剣術部の朝練開始時間よりも早くに学院に来ていることは、貼紙の件で明白。自分のところの部員に見つからないように急いで回収して、剣術部に「押し付け」に来た。そんなに早く来て怪しまれないのは、顧問やキャプテンぐらいだし」

「なるほど。他には?」

「えっと、今度は窓硝子がアタシがいる時に割れた件。単に割れた硝子を剣術部に押し付けたいだけなら、此処まで大がかりなことをする理由はない。それこそ、割ったままでもよかったはず。それをわざわざ面倒なことを仕組んだ理由は、犯人に時間的な余裕があったから」

「第五演習場を監視して、人が来たら魔法を解いてやろうと思う程度の?」


 双子が揃って頷く。互いに意見交換をしたわけでもなければ、相手の考えを確認したわけでもないのに、二人は片割れの思考に疑いを持っていなかった。


「今日、活動がなかった部は限られてる」

「更にその中から、一つの施設を別の部と共用して使っているところは除外出来ます。いくら隠したって、もう一つの部が見つけてしまえば終わりですし、それなら共用している部に押し付けた方が早い」

「剣術部以外で専用施設を持っているのは、弓術部と銃術部、後は……」

「待った」


 双子の言葉を制止したのはリムだった。

 リムは聡明な男であったし、それを十分に自負していた。だから、多少拙いような双子の理論も理解出来たし、それが意味するところを悟るのも難しくはなかった。

 これ以上、この二人を踏み込ませるべきではないことすら、十分にわかっていた。


「後は俺達が調べるよ。それより、君たちを遅くならないうちに送って行かないと、隊長に叱られちゃうんだ。協力してくれるよね?」

「えー。でもまだ全部言ってない」

「まだ続きが……」

「いいから」


 それ以上の発言を許さないと言外に込めた口調でリムが言うと、双子は渋々それに従う。

 まだ十五歳の子供に、軍人に逆らう気概など備わっている訳もなかった。


「ナズハルト少尉。この子達を送って行きます」


 リムは窓際を調べていたナズハルトの方に近づくと、声をかけた。振り返った相手の眉が少し寄せられているのを見て、リムは肩を竦める。


「話、聞こえてましたか?」

「まぁ、断片的に。しかし、そうなると……」

「それは後でお聞きします。学院の事情については、そちらのほうが詳しいでしょうから」


 それでは、とリムは一礼をして下がると、双子を引きつれて外に出た。もう夜となった時間帯に、冷たい風が吹き抜ける。

 街灯があるので足元には困らないが、それでも周囲が暗いためか、双子はリムの後ろをしっかりとついてきた。


「ねぇねぇ、リムさん」


 歩きながらアリトラが声をかける。


「何で止めたの? 都合が悪いの?」

「アリトラちゃん。あまりこういうことに首を突っ込まない方がいいよ」


 軽い口調で返すリムに、もう一人が畳みかけた。


「ライラック軍曹は恐らく、僕達の推理が正しいうちに止めたんですよね?」

「面白い言い方をするね」

「恐らく僕達の考えは不完全なんでしょう? だから余計な先入観や思い込み、または敵を作らないように配慮して下さった」


 リコリーの言葉に、リムは肩を揺らして笑った。


「二人とも賢いけど、お兄ちゃんのほうは、すこーし賢すぎるかな。あまり良くないね」


 ただでさえ声が響きやすい夜の帳の中で、リムの声は不思議と何処かに溶け込むような穏やかさを保っていた。


「まぁ、君たちは二人で考えるのが良いと思うよ。一人じゃ駄目だ。お兄ちゃんのほうは賢すぎて空回り、妹ちゃんの方は直感的過ぎて行き止まりになる」

「それは忠告でしょうか」

「俺は忠告なんて洒落たことはしない」


 リムは双子を振り返ると、片目を瞑ってみせた。


「君達、面白いからね。ただの助言だよ」

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