5-12.双子の追及
二階席の左から二番目の扉を開き、一人の役者が入ってくる。
中で待ち構えていたリコリーは、物腰柔らかく相手を出迎えた。
「すみません。個別の事情聴取をステージの上でするわけにもいかなくて。本来、こういう仕事は刑務部の管轄なんですけど、人手が足らないものですから」
階下の客席は既に誰もいない。
全員が、その日のチケット代を返金してもらって、帰宅した後だった。
緞帳は再び上がり、城のセットの周りには軍人や魔法使いが歩き回っている。まるで出来の悪い模型のようだった。
「制御機関法務部の者です。とにかく、お掛けになってください」
「どうぞ」
リコリーの隣にいたアリトラが席を勧めると、役者は少し居心地悪そうにそこに収まり、物問いたげに視線を二人に向けた。
「あぁ、彼女は記録係としているだけなので気にしないで下さい」
「制御機関の方で勤務している者です。今日は偶然居合わせたので」
制御機関で働いているとは言っていないので、嘘ではない。
アリトラのごまかしに、しかし役者は何も引っかからなかったようで、小さく頷いたきりだった。
「本件ですが、事件と事故、両方の可能性に立って色々と調べてみました」
椅子に腰を下ろしながらリコリーが切り出す。
「被害者のラスター・シードラ氏は、城のバルコニーのセットで演技をしている最中に舞台が真っ暗になり、そしてその間に胸にナイフが刺さって死亡しました。この時にすぐ傍にいたのは……」
「主演女優のディリス、メイド役のメイ」
アリトラが流れるように言葉を引き継ぐ。
「もしラスターを刺したのがディリスかメイである場合、返り血を浴びていないのは不自然」
「まぁナイフの扱いに手慣れている人とか、あるいはナイフが傷口の栓になるほど、深く深く刺すというのは女性の力では少し難しいし、絶対成功するとも言えません。となると、彼女らによる殺人という線は捨てることが出来ます」
役者は少し身じろぎする。
何か発言するかと思われたが、無言のままだった。
「さて、そもそもナイフは何処から出たのでしょう。僕は照明係さんに伺って、被害者が即興劇をするつもりだったことを知りました。彼の胸に刺さったナイフは、彼自身が用意したものだったということになります」
「だからラスターの遺体の右手は、停電前には伸びていたのに、何かを握り込む形になっていた。ナイフを握っていた後というわけ」
「つまり、彼を刺したのは彼自身である。というのが僕達の出した結論となります」
場を満たしていた緊張が解ける気配がしたが、アリトラがすかさず言葉を繋げる。
特に打ち合わせをしているわけでもないのに会話が合うのは、長年双子をしてきた特権だった。
「でも事故じゃない。ナイフが胸に刺さったのは偶然でも、即興劇を利用して、彼を殺そうとした人がいる」
「先ほど、ナイフは被害者が用意したものだと言いましたが、劇中で本物のナイフを使う必要があったとは思えません。そもそもナイフにはそれと対となる鞘があるはずですが、被害者からも舞台からも発見されていない」
役者の視線が舞台の方を一瞬見た。
しかし、何事もなかったかのように視線を双子へと戻す。
「ということは、舞台セットの何処かに抜き身で隠されていたと考えられます。まぁあんなキラキラしたナイフを持ったまま演技して、客席から見えないとも限りませんし」
「でも本物のナイフを抜き身で置いておくとは思えない。つまり、最初は偽物だったけど、誰かによって本物にすり替えられた」
「舞台が暗くなった時に、被害者はそれがあらかじめ照明係に頼んでいた暗転のタイミングだと思って、セットに隠していたナイフを手に取ろうとした。しかしそこでバランスを崩して、落ちた」
少しの静寂を挟んで、リコリーは相手の方に身を乗り出した。
「ここで、被害者が何をしたかったのか考えてみましょう。被害者は舞台セットの蔦を登って、バルコニーにいた。彼がそこで即興劇をしたいのなら、何も暗転する必要はない。彼は暗転している間に、何処かに移動したかったのだと考えられます。明転した時に、役者の配置が変わっていれば、客は驚くはずです」
「じゃあ何処に移動したかったのか。ここで気になるのは、主演女優であるディリスの行動」
アリトラは明転した時に、ディリスがバルコニーから身を乗り出して、下を見ていたことを挙げた。
「彼女は明転した時にはすでにあの姿勢だった。ということは最初から、そういう演技をするつもりだったと考えられる。彼女は被害者の即興劇の内容を知っていて、明転後に彼がいるであろう方向を見ていた。つまり被害者は下に降りたかった」
「すると次に気になるのは、下に降りた理由です。これは「あなた」が説明してくれましたね。歌が終わったら、被害者を追い出すために登場するのだと」
「他に登場人物がいない以上、被害者が下に降りた理由は一つ。「あなた」に対してナイフを向けたかったから」
双子の青い目と赤い目が、向かいに座る役者を完全に捉えた。
「そうでしょう、近衛兵団長役のジント・ジングさん」
ジントは右の眉を高々と持ち上げると、余裕の笑みを見せた。
「ほほう! 彼はそんなことを企んでいたのか。それは知らなかったよ。何しろ、即興劇をするなんて知らなかったからね」
「そう。貴方は彼に即興劇のことを教えられなかった。被害者は貴方を舞台上で狼狽えさせようとして、あんな劇を仕組んだんです」
「呆れた男だな」
「貴方はそれを、第二幕の直前に知り、そして逆に彼に恥をかかせようとした。隠してあったナイフを本物にすり替え、そして照明に細工をしたんです」
「何を根拠にそんなことを? 私は彼の企みなんてこれっぽっちも知らなかったんだ。ふむ、先ほどのディリス君の困惑の理由はそれか。私が即興劇のことを知らずにトンチンカンなことを言ったせいだな」
「それが貴方の演技です。貴方はあの時、少し喋りすぎました」
静かに告げたリコリーに、ジントが一瞬だけ息を飲む。
「自分が無関係であることを主張しようとして、貴方はあんなことを言ったのでしょう。ですが、状況から考えてあまりに不自然です」
「私が、何か妙なことでも言ったかね?」
「貴方は、当初は事故だと主張したのに、軍の人に被害者を恨んでいた人間がいないか聞かれて、メイさんのことを挙げた。これは非常に不自然です」
「それは」
ジントは瞬きをして、その一瞬で笑みを顔に貼り付けた。いかにも役者らしい、自然な笑みだった。
「恨んでいた人間がいないか聞かれたから答えただけで、別に他意はないさ」
「事故を主張したいのであれば、そのような質問に答えるのは首尾一貫していません」
「何しろ、人が死ぬなんて初めてのことだから混乱してね」
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