5-6.遠隔調査
制御機関法務部と名乗り、認証バングルを見せると、現場保持のために立っていた警備員はすぐにリコリーを中に入れてくれた。
緞帳を下ろしたステージの中は、外部の音は殆ど聞こえなかった。分厚い緞帳の内側には、発光物質で描かれた魔法陣が作動している。
非常に緻密に作られたそれを、リコリーは一目見て遮音装置だと見抜いた。
「幕が降りると、中の音が外に漏れないようになってるのか。となると……」
精霊瓶を握りしめたリコリーは、小さな声を出した。
「聞こえる?」
「……んー、ちょっと聞こえにくい」
鼓膜を直接震わせるように、片割れの声が聞こえる。
「即席の無線魔法だから、仕方ないよ。それに此処、幕が降りると遮音魔法が発動するみたいだし」
「そうなの?」
「うん。だからちょっと聞こえにくくても、我慢してね」
連れてくるわけにもいかないが、かといってそのまま置いておくことも出来ない。リコリーが悩んだ末に取ったのは、無線通話の魔法を使用することだった。
突き放して放置しておくことも、出来ないわけではないのだが、その場合はアリトラの機嫌が非常に悪くなる。機嫌を損ねた片割れが如何に面倒くさいか、リコリーは身に染みて知っていた。
他人にはそういう部分は出さないのに、リコリーに対しては遠慮というものがない。それは逆も然りだが、リコリーの拗ね方のほうがまだ可愛げがあった。
「落ちた人はどうなったの?」
「それなんだけどさ……。ナイフで胸を刺されていたんだ。ほぼ即死だね」
「刺されていた? じゃあ……」
アリトラが何か言いかけた時に、ステージに興奮気味の声が響き渡った。
「私じゃありません!」
城の舞台装置の下に立った、主演女優のディリスの声だった。
その凛々しい美しさに、問い詰めていたはずの軍人が気圧されたように視線を泳がせる。
「し、しかしですね。彼のすぐ近くにいたのは貴女だ。貴女以外に誰がそんなことを?」
「知りません。照明が落ちた時に、私はステージの上にいました。少し考えればわかると思いますけど、明るいところで急に停電になったら、周りの状況なんて、全然わからないでしょう? どうやって彼の胸にナイフを突き立てるんですか!」
男装を得意とする女優らしく、ディリスは気の強い女性だった。
リコリーは、少々それがアリトラに似ていると思いながら、さりげなくその輪に近づく。
「でも、彼の体を掴んでしまえば、そのぐらいは……」
「そんな派手な動きをすれば、彼も声を上げるでしょうし、メイさんだってわかるはずです」
ディリスの一歩後ろにいた、メイド役の女優が頷いた。
メイ・イスティルと名乗った彼女は、役柄に即した地味な化粧をしていたが、それでもディリスに負けず劣らず美しい顔立ちをしていた。
「私達は互いの演技で体がぶつからないように、細心の注意を払っています。例え暗闇だったとしても、すぐ隣の人の気配が動いたとすれば、わかります」
「ほらね。それに、そんな至近距離で刺したなら、返り血が付くはずです。私の体の何処に返り血が付着していますか?」
ディリスは優雅にその場で一回転してみせる。
ドレスには血はおろか、汚れ一つもついていない。
「それとも、私が急いでドレスを着替えたとでも言うつもり?」
「それは……」
軍人の勢いが衰えると、ディリスは停電のことに言及した。
「それより、どうして停電したんですか? 魔法陣の不具合?」
「照明係のゴルジさんの話だと、突然制御不能になったらしいわよ」
メイがそう言ったのを聞いて、軍人は辺りを見回した。
「誰か確認してくれ!」
「あ、僕が行きます」
リコリーは咄嗟に手を上げた。
いつの間にか後ろにいた若い魔法使いに、軍人が虚を突かれた顔をして振り返る。
「所属は?」
「制御機関法務部の者です」
「法務部?」
本来、法務部は要請がない限りは事件に関わらない。
軍人は不思議そうにしながらも、他に任せられそうな者も周りにいないので、許可を下した。
「原因がわかったら報告してくれ」
「はい」
リコリーがその場を離れると、アリトラが通信越しに不満そうな声を出した。
「もうちょっと話、聞きたかったのに」
「こういう機会じゃないと、あんな精密な魔法陣を見れそうにないから」
ステージ裏に入り、そこにあった狭い階段を昇る。
煌びやかで広い舞台と比べると、別世界のようだった。
階段の先には小部屋があり、出入り口となる小さな扉の前に軍人が立っていた。
「制御機関の者です。照明用魔法陣の解析に来ました」
「通れ」
短い返事に礼を述べて中に入ったリコリーは、そこにいた人物を見て、思わず後ずさった。
「リコリー? お前、何故来たんだ」
ゼノはきょとんとしてリコリーを見て、そして一秒後に眉を寄せた。
「まさか」
「いや、あの、お手洗い行こうとしたら職場の人と鉢合わせしちゃって。サボってると思われると色々と……」
苦しい言い訳に対して、ゼノは大きな溜息をついた。
「まぁ来たものは仕方がない。魔法陣の解析に来たのだろう?」
「でも、伯父様がいるなら僕は……」
「私はこういうものは不得手だ」
ゼノは顎で、自分の前にあるガラス窓を示す。
ガラス窓には照明の種類と番号、そして現在の稼働状況が浮かび上がっている。
「これ、魔法陣で監視したものをガラスに表示しているんですね」
「あぁ。しかも魔法に不得手な者でも使いやすいようにカスタマイズされている。ついでにかかった費用も表示しておけば、皆慎重に使うかもしれないな」
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