5-2.観劇の誘い


「弟たちは会ったのに、私だけ会わないのも具合が悪い。折角だから観劇にでも行こうと思ったのだが、どうだ」

「観劇?」


 首を傾げるリコリーの傍らで、アリトラが嬉しそうな顔をする。


「もしかして「星の肖像」?」

「あぁ。偶然席が取れたんでな」

「行きたい、行きたい!主人公役のラスター・シードラがカッコいいって噂」

「相変わらず、アリトラはミーハーだなぁ。僕はそういうの興味ない」

「行かないの?」

「だって劇とか退屈だし……」


 冷めた口調の片割れに、アリトラは鼻先で笑ってみせた。


「見たことないくせに、口先だけ一丁前なんだから。ねぇ伯父様、第一地区の劇場でしょう? 席は?」

「二階席だ」

「じゃあ、ディナーボックス付き?」

「あぁ」

「何、ディナーボックスって」


 聞きなれない言葉にリコリーが疑問符をあげると、アリトラが嬉々とした表情でそれに応える。


「二階席は一階席と違って、個室みたいに区切られてる。で、ただ席を取るだけじゃなくて、ディナーボックスっていう食事つきにすることも出来る」

「お弁当みたいなもの?」

「物凄く美味しいんだって。何が出てくるかは開けるまでのお楽しみ。役者さんが食べているのと同じ内容らしくて、それも人気の秘密」


 リコリーは自分で言った通り、観劇には全く興味がないが、食事には興味津々だった。

 そこでしか食べられない珍しいものともなれば、好奇心は余計に膨らむ。


「折角、ゼノ伯父様が誘って下さるんだから、行かないと損だよ」

「そうだね。一度見るのも悪くないかもしれない」

「というわけで、伯父様。行きましょう」


 双子の意見がまとまったのを見て、ゼノは肩を竦めた。


「お前たちはいつ見ても仲が良くて結構だ。十八にもなって親のすねをかじっているのは感心しないが、引き離すのも可哀想だからな」

「僕達、別に一人でも問題ないですよ」

「一緒に行動しないほうがいい?」


 ゼノは少し悩むように眉間の皺を深くしてから、首を振った。


「ルノあたりから文句が飛んできそうだからやめておこう。ではカンティネス、失礼する」

「はい。じゃあアリトラ、明日は九時な」

「はーい」


 カルナシオンがその場から立ち去ると、双子はゼノを左右から挟むように移動した。


「伯父様、劇場の前で売ってるレモンシュガークレープ食べたい」

「アリトラ、セルバドス家の人間たるもの、買い食いなんてはしたない真似はするべきではない」

「買うのは伯父様。食べるのはアタシ。なので買い食いじゃない」

「屁理屈を言うな」

「でも、あれ食べたい」


 ねだるというより責めるような視線を向けられて、ゼノは言葉を飲み込む。

 王政時代からの名家として名高いセルバドス家が、名門までに至らないのは、一族の殆どがお人よしであることにあった。

 四人の兄妹の中で、ゼノが最も現実主義者であると言われているが、末っ子の産んだ双子には甘い。特に、剣術において優れた才能を持つアリトラがお気に入りでもある。


「……リコリーも食べたいのか?」

「僕も少し気になります」

「じゃあ買ってやろう。但し、食べながら歩くなどというはしたない真似は駄目だ。最近流行っているようだが、見苦しいことこの上ない」


 いつも愚痴っぽいゼノにも双子は慣れたもので、適当に相槌を返す。


「動物を見てみろ。犬が歩きながら食事をするのを見たことがあるか? 猫が鼠を食い散らかしながら走っているか? 食べ歩きなんて動物以下だ。最近の連中は我慢というものが足らない。この前、ルノのところの若いのが問題を起こしたが、あれだってそうだ」

「あぁ、魔法銃の」

「正当な手段を知りもせず、それを守ろうともせずに己のしたいことだけ主張するから、あぁいうことをする」


 双子の三人の伯父は、表面的な性格や外見はあまり似通っていないが、愚痴を言い始めると止まらないという点では見事に一致している。

 勿論それは伯父だけの話ではなく、その妹である双子の母親も同じだった。


「リコリー、聞いているか」

「はい」

「お前が制御機関にいるのは、周りから見れば立派なことかもしれないが、セルバドス家の人間として剣も握れぬことを恥じる気持ちも持たなければならない」

「……はい」

「かといって、アリトラみたいに剣だけ出来ても仕方ない。我が一族は数々の優秀な魔法使いを輩出してきた実績が……」

「伯父様、今度剣の稽古つけて」


 愚痴を遮って、アリトラがそう言うと、ゼノは言葉を止めた。


「ふむ」

「最近物騒だし、自分で自分の身を守るのは大事でしょ?」

「尤もだ。今度非番の時に来るといい」

「ありがとう伯父様! ついでにリコリーにも攻撃魔法教えてあげて」


 気性がおっとりとしているリコリーは、魔法の才能はあるが、攻撃魔法を使うのに躊躇してしまうことがある。

 好戦的なアリトラと比較すると、どうしてもその陰に隠れてしまいがちであり、それはゼノやルノも心配をしていた。


「いいだろう。みっちりと稽古をつけてやる」

「みっちりじゃなくていいんですけど……」


 思わず呟きかけたリコリーは、ゼノの背中側から手を伸ばしたアリトラに叩かれて、口を閉ざした。

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