4-10.兄妹の正体

 その時、ドアが開いて二人のローブ姿の子供が入ってきた。

 国立学院の生徒が着るもので、中央区ではよく見る姿だった。


「おじさん、こんにちは」

「ねぇ、見てー! 剣術で一番だったの!」


 丁寧に挨拶する片方とは逆に、もう片方が小さな賞状を掲げて見せる。

 対照的な様子に、カルナシオンは笑みを零した。


「おー、相変わらず元気だな。試作品のホットサンド食うか?」

「食べる!」

「いただきます」


 二人の子供は、そこでスイに気付いて目を丸くした。

 一人は青い髪をショートヘアにしているためにわかりにくかったが女の子で、練習用の武器を背中に背負っている。もう一人の黒髪の男の子は、分厚い学術書を持っていた。


「お客さんだね」

「でもお店はまだ開業前のはず。おじさん、まだこのお店って営業してないんでしょ?」

「おじさんじゃなくてマスターと呼べ。開店日書いてあるんだけど、入ってきたから、ホットサンドの試食してもらったところだ」


 スイはそう言われると、慌てて自分が入ってきた扉を見た。そこに貼り紙があるのを見て眉を下げる。

 まだオープンしていない店なら殺風景も当たり前で、スイ以外に客が全く来なかった理由も頷けた。


「悪い。俺、文字読めねぇんだよ」

「だろうな。メニュー置いてないのにも疑問を感じなかったみたいだし。ほーら、リコリーにアリトラ。ホットサンドとレモネードだ」


 二人の子供は嬉しそうに歓声を上げると、カウンターに腰を下ろしてホットサンドを食べ始めた。

 食べることが幸福そのものだと言わんばかりの満面の笑みで、丁寧に味わいながら飲み込んでいく。


「美味しいね、リコリー」

「そうだね、アリトラ」

「珈琲は不味いけどね」

「うん、珈琲は泥みたいだけどね」

「今日はレモネードだから大丈夫だね」


 会話している二人を一瞥して、カルナシオンは溜息をつく。


「聞こえてるぞ。……幼馴染の子供なんだが、ちょっと生意気なんだ」

「仔犬みたいで可愛いじゃねぇか。で、俺が聞いた男の声ってなんだったんだ?」

「あぁ、それか。あのな、お前が少女だと思ってたのは男だ」

「男!? どっから見ても女にしか見えなかったぞ」

「それで俺達も散々騙されてきたんだよ。その二人は詐欺師でな、実際には血縁者でもなんでもない。中央区で敵に回しちゃいけない連中まで詐欺にかけて、逃亡している最中だったんだ」

「俺が聞いたのは、あの女……に化けた男の地声ってことか?」

「その通り。女である印象を与えたかったのか、スカート履いてたみたいだけどな。変だろう、山登りのブーツとスカートなんて組み合わせ」


 スイは昨日のことを思い出し、そして「まじかよ……」と頭を抱えた。


「世の中広いな」

「広いとは言い切れないな。世の中、結構身近に色々な人間がいるもんだ」


 短くなった煙草を灰皿で揉み消し、口の中に残っていた煙を吐き出しながら、カルナシオンは口角を上げた。


「お前の過去を知っている人間だって、此処にいるしな。なぁ、エルス・モートン。それともジェイダ・ナープの方がいいか?」

「うえっ!?」


 スイは思わず咳き込んで、カルナシオンを見返した。

 子供達は特に気にも留めずに、ホットサンドを食べている。


「な、なんで」

「髪の色や名前を変えたところで、お前さんガタイが大きくて目立つからな。まぁ安心しろ。今更お前さんの過去の窃盗罪や傷害罪で引っ張ったりする暇人は此処にはいない」

「此処?」

「おいおい、それすら知らないで入ってきたのかよ。此処は制御機関の一階だぞ」


 その言葉の真偽を確かめるかのように周囲を見回したスイだったが、それとわかるようなものは店内になかった。

 まだ外に飾られていない看板には「マニ・エルカラム」と店の名前が書かれていたが、スイには読めない。


「あんた、制御機関の人間?」

「一か月前まで、刑務部にいた。今はただの一般市民だから、お前さんを捕まえる必要も義務もない。大体、軍に入るまで戸籍がなかった奴の罪状を上げるなんて、一年経っても難しいからな」


 カルナシオンは店の外を見て、誰も通っていないのを確認すると、スイにある提案をした。


「名前変えた方がいいんじゃないか?お前、刑務部じゃ意外と有名だぞ」

「え、そうなの?」

「国境じゃ制御機関の目も届かないし、軍人になってからは悪いことしてるわけじゃないから見逃されてたと思うが、中央区じゃ色々と厳しい。この時期に呼び出されたってことは、十三剣士隊への配属だろう?」


 そう問われて、初めてスイは自分が国境から来た理由を思い出した。


「あぁ、確かそんなこと言われた。ヤツハの剣士に」

「クレキ少尉か。十三剣士隊は軍の中でも特殊な立場にある。お前さんの過去の犯罪が思わぬ落とし穴になる可能性だって捨てきれない。何、どうせ戸籍が無かった頃の話だ。名前を全部捨てれば、わざわざ掘り返す奴も減る」

「って言われても……」


 困惑するスイは、ふと傍らの子供二人に見つめられていることに気が付いた。


「ん? なんだ?」

「お兄さん、髪と目が綺麗。金色と緑色」

「この前、美術館で見たステンドグラスにそっくりです」

「あれ、なんて題名だっけ?」

「えーっとね」


 二人の子供は揃って考え込み、数秒後に声を揃えた。


万華鏡の夜ナイト・オブ・カレード!」


END

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