4-7.殺しのマーキング

「小屋の入口付近に罠を仕掛けるのであれば、何も魔法を使う必要なんかない」


 死体の上にシーツを被せただけの状態で放置し、五人は再びソファーに腰を下ろしていた。

 少年はその中で、何か考え込むような口調で話し始める。話し相手は少女のようだったが、やることもないスイ達も耳を傾けていた。


「少し知識のある人間であれば、罠を作ることは難しくないからね」

「じゃあどうして魔法を使ったの?」

「色々な理由が考えられる。まずは肉体的に恵まれていない場合。これは魔法を使った罠を仕掛ける方が断然早い。お爺さんみたいに筋力がない場合は有利だね。あと単純に魔法が得意な人間であれば、こんな嵐の中で肉体労働するより、魔法を選ぶよ。僕とかアカデミーのお姉さんなんかが当てはまるかもね」


 少女はそれを聞いて「ふーん」と呟いた。


「じゃあアタシは魔法が使えないから除外だね」

「事前準備をしたと想定すれば可能だよ。さっきも言ったけどさ、犯人は被害者と面識があって、此処で止めを刺すつもりだったんだから」

「理不尽。少しは庇ってくれてもいいんじゃない?」

「お前、ここに来る間に何回僕の足を踏んだと思ってるんだよ」

「私怨じゃない!」


 頬を膨らませた少女が、ソファーにあったクッションを両手で掴んで、少年を殴る。

 少年は鬱陶しそうにあしらいながら、話を続けた。


「要するに、魔法を使わなくてもよい状況で、魔法を使った理由があるということを僕は言いたいんだよ。お前が魔法を使えるか否かは問題じゃない」

「理由?」


 兄への攻撃を諦めた妹は、クッションを体の前で抱え込む。


「追跡魔法を使うのに必要不可欠なのはマーキングだ。問題はこれがどこでつけられたかによる。この人に施されたのは火傷を伴うマーキングだ。つまり火の魔法を使用している」

「魔法でしかマーキングって出来ないんだっけ?」

「基本はそうだね。魔法陣を描き込む方法もあるけど、背中に魔法陣を描かれて大人しくしている人はいないだろうから」

「でも背中に火傷負わされて静かにしている人もいないよね?」

「その通り。火の魔法でマーキングされて、それを疑問に思わずに山の中に入り、そして追跡魔法で攻撃された。ちょっとやってることがちぐはぐだね」


 口調だけは柔らかいが、少年の目は愉快そうな光を帯びていた。

 まるで、その場で起きていることを、小説の一シーンとして楽しんでいるかのような、無邪気さが滲んでいた。


「火の魔法で背中に怪我をさせられて、それを治療もせずに放置したままというのは、どういう状況だと思う?」

「火事があったとか」

「もう少し有り得そうな状況を考えてほしいな」

「んー……」


 少女が考え込んでしまったのを見て、スイが口を挟んだ。


「火傷の治療が出来る場所が近くにある場合か?」

「そうです。流石軍人さんは鋭いですね」

「怪我の応急処置は安全なところでやる。別に軍の人間じゃなくてもわかるだろ。この場合は山小屋か?」

「そうです。火の魔法によるマーキングがされた時に、被害者は既に山小屋の近くにいた。攻撃されたので山小屋に逃げ込もうと思ったんでしょう。余程魔法に詳しい者でない限り、追跡魔法のマーキングがされたとは思いません。まして背中なんて見えません。それにこの大雨です。多少の火傷であれば即座に冷やされて、痛みもあまりなかったでしょうから」


 背中から攻撃された被害者が、逃げようとして山小屋に駆け込み、そしてそこで追跡魔法が発動して殺された。

 少年の言いたいことを理解した面々は、それぞれ眉を寄せる。


「ちょっと待って」


 女が考え込みながら口を開いた。


「それだと、外にいなきゃいけないじゃない。私達、全員此処にいるわよ」

「果たしてそうでしょうか?」


 少年は背後を振り返った。


「一人、此処に出てきていない人がいますよね。この騒動の中で」


 閉ざされた部屋の扉に、真っ先に近づいたのは少女だった。

 扉をノックして、耳をそばだてる仕草をする。その時に何か声を掛けたようだったが、雷の音が邪魔をして、スイの耳には届かなかった。

 扉を開けて中を覗き込んだ直後、驚いたような声が他の四人に届いた。


「誰もいないよ!」

「なんだと?」


 老人が立ち上がり、少女の元に向かう。

 そして同じように中を覗き込んで、息を飲んだ。


「もぬけの殻だ」


 他の三人も、その言葉を確かめるために扉の前に集まる。

 部屋の中は、酷い有様となっていた。

 元々が山小屋なので、簡易ベッドとテーブルだけある狭い部屋だが、床一面が水浸しだった。それは開け放たれた窓から吹き込む雨のためで、一緒に入り込んだ風によって倒されたのか、スープとパンも床に転がっている。

 掛け布団とマットは雨で貼り付いてしまっており、そこを触っても体温はおろか、布団の感触すら期待出来そうにない。


「つまり、こういうことです」


 少年が部屋を見ながら推理を続けた。


「彼は後から来る被害者を待ち伏せるために、具合の悪い振りをしてこの部屋に閉じこもった。そして、食事を受け取った後に、窓から外に出て、被害者を待ち伏せした。背後から襲ってマーキングを行うと、被害者は山小屋へと逃げ込もうとして、そこで追跡魔法が発動して殺された」

「でも何でわざわざ追跡魔法なんか使うの?背後から襲えるなら、そのまま自分で殺しちゃえばいいのに」


 少女が疑問符を上げる。だが少年は至って冷静に答えた。


「時間稼ぎだよ。この嵐じゃ逃げるのにも時間がかかるからね。追跡魔法を殺人手段として用いた場合のメリットはもう一つ。標的のすぐ近くにいなくても良いってことだね」

「じゃあもう逃げちゃったの?」

「探しに行ってもいいけど、気は進まないな。僕、刑務官とかじゃないし」


 釈然としない表情の少女とは対照的に、少年は穏やかに微笑んでいた。

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