4-5.招かれざる客
「また客人かね。嵐で扉が開かないのかもしれん」
「いや、そういうわけじゃなさそうだ」
スイはパンを片手に持ったまま、山小屋の扉へと歩を進める。
そして、少し錆の浮いたドアノブを手に取ると、勢いよく内側に開いた。
入ってきたよりも遥かに大きな重量が手にかかり、一瞬後に軽くなる。それと入れ違いのように、戸に凭れ掛かっていた何かが床に転がった。
その何かは人の形をしていた。少し太った男は、背中を真っ赤に染めていた。
悲鳴をあげる四人を、その男は睨むようにして顔を上げる。顔も手も泥に塗れていたが、目に籠った憎悪や恐怖だけは彼らに伝わった。
「あ、い、つ」
途切れ途切れに言葉を紡ぎ、右手の人差し指で宙を指す。
「殺さ、れ……る……」
それが男の最後の言葉だった。指が宙を裂くように落ち、身体全体が力を失って床へと臥す。
スイはパンを齧りながら、男の足を蹴り飛ばしてドアから離し、そして元通りにドアを閉めた。
「殺された、ねぇ。物騒な話だな」
「おい、軍人さん」
老人が咎めるような声を出す。
「今のはないだろう」
「かといって嵐なのにドアを開けたままにも出来ねぇだろ?それともあんたがこの男を丁重に運んでやるか?やらねぇだろ?」
答えはなかった。
兄妹は互いの腕にしがみつくようにして怯えているし、女も呆然としたままだった。
スイは倒れている新参者の頭の傍にしゃがみ込むと、濡れた首筋に指を当てた。
「死んでるな。背中の傷から見て、蘇生も無駄だ」
「死んでるって、どうして?」
少女が恐る恐る尋ねるのに、スイは視線を向けた。
「背中を刺されている……が、これは刃物の傷じゃないな。おい、そこのあんた」
女は急に声を掛けられて、ぎこちなく首を動かす。その顔色は青ざめていた。
「あんた、アカデミーの人間なんだろ? こういう緊急時において、軍とアカデミーの合意があれば、死体を調べることは出来るはずだ」
「調べるって……どうして」
「この傷が気になる。もっとじっくり見たい」
そう言いながら手を伸ばしたスイを、少年が制止した。
「遺体に直接触れると危ないです。えっと、何かで手を保護しないと」
「大丈夫だ。そのぐらいは知ってる」
遺体のみならず敵軍の人間に触れる時に素手を避けるのは、軍人としては基本中の基本だった。
スイは荷物の中に仕舞い込んだままだった薄い革の手袋を出して両手に嵌める。そして身ぐるみでも剥ぐかのように、鮮やかな手つきで死体の上着を脱がせた。
「……なんだこれ?」
晒された傷口を見て、スイは思わずそんな言葉を零した。
背骨に沿うような細長い火傷があり、その線上にいくつもの小さな裂傷が出来ている。致命傷らしい心臓付近の傷口は大きかったが、形状からして他の傷と同じ凶器と思われた。
「酷いことするわね」
女がその傷跡を見て眉を寄せた。
「これは追跡魔法によるものよ」
「追跡魔法だと? 軍の防衛装置で使われているやつか?」
「えぇ。何らかの方法でマーキングをした個体に対して、一定時間追跡を行うの。どの程度効果が継続するかは、追跡させる魔法の精度に因るわ」
「どんな魔法が使われたかわかるか?」
「細かいことはわからないけど……。裂傷が深いものと浅いものが混在していることから考えて、投擲系だと思うわ。矢とか、ダガーとかに魔法陣を埋め込んで、標的が射程範囲内に存在する場合に発動する」
学者らしく流暢に説明をする女だったが、ふと口を閉ざすと難しい表情になった。
「傷の数から考えると、この人は背中にマーキングをされた状態で山の中を歩き回り、至る所に仕掛けられていた何かに攻撃され続けたことになるのだけど……」
「何か気になるのか?」
「そこまでして山小屋まで歩くとは思えないのよ」
スイは女が何を言いたいのかわからずに目を瞬かせたが、それまで黙っていた老人が代弁をした。
「普通は誰かに突然攻撃をされたら身を隠すだろうね」
「あぁ、そうか。そりゃそうだな」
「だからこの傷は、一度に付けられた可能性が高い。そう言いたいのだろう、学者さんは」
「その通りよ。しかも傷口から考えて、致命傷を負ったのは、そんなに前の話じゃない。だから考えられることとしては……」
「雨宿りしようと山小屋に近づいたところを攻撃された」
少年がゆっくりとした声で女の言葉に繋げた。
「ということですよね?」
「えぇ。山小屋の外に大量の追跡魔法が仕掛けられていて、彼はそれらの集中砲火を受けて死んだと考えられるわ」
「考えただけでゾッとします。でもそれが正しいとすれば、その罠を仕掛けたのは僕らの中にいるということになりますよね」
全員の視線が一瞬だけ、互いを見回した。
その中で少女が引きつった声を出す。
「なんでそうなるの? 他の人かもしれないのに」
「僕達はこの山で嵐に会って、此処に逃げ込んだ。けどこの人が山小屋に来るかどうかはわからない。彼が犯人と知り合いで、此処で待ち合わせをしていない限りはね」
「けど、もし殺せなかったら? 自分が犯人だってバレちゃうと思う」
「だからこそ、此処で待ち伏せする必要があるんじゃないか。万一仕留めそこなっても、止めを刺せるように」
少年の言葉に雷の音が重なる。
雨が余計に激しくなり、扉や窓を強く叩いた。
「仕留めそこなうとか、トドメとか、怖いこと言わないでよ」
「だって、回りくどく言ったって意味ないだろ。お前と違って僕はリアリストなんだ」
少年は少女の抗議に涼しい顔をして返す。
さっきまでお互いにしがみついて泣きそうな顔をしていたとは思えない。
「あっそ。じゃあリアリストなお兄様、罠を仕掛けたのは誰か教えてくれない?」
妹の挑戦的な物言いに、少年は困ったような表情を浮かべる。
「わからないの?」
「わかるよ。わかるけど、ちょっと考えなきゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます