3-5.ドーナッツの考察

「おい、双子達」


 ルノが慌てた様子で口を挟んだ。


「何を言い出すんだ、一体」

「狙撃手なんていないんですよ、伯父様」

「というか最初に気付くべきだった。皿とドーナッツを撃ったのなら、弾は二つなきゃおかしい。でも見つかったのは一つだけ」


 アリトラはルノの手から銃弾を奪うと、それを手の中に握り込んだ。


「例えば、こうやってドーナッツにあらかじめ仕込んでおいて、風魔法か何かで弾き飛ばせば、後に残るのはドーナッツと」


 指を開き、銃弾をテーブルに落とす。

 軽やかな音と共に、銃弾は楕円を描いて転がった。


「銃弾だけ。まるで銃弾がドーナッツを撃ったように見えるでしょ」

「ということは、この店の人間か?」


 立ち上がろうとするルノを、双子は揃って制止した。


「駄目だってば、伯父様」

「ちゃんと証拠を固めないと」

「お前達、いつから刑務官になったんだ。カンティネスの影響か?」


 眉を寄せて尋ねる伯父相手に、リコリーが首を横に振った。


「マスターは関係ないですけど、こういうのってちゃんと考えたほうがいいと思うんです。名誉棄損とかにあたる恐れもありますし」

「ルノ伯父様ってリノ伯父様ほどじゃないけど猪突猛進型だし」

「まぁそれは否定しないが。じゃあお前たちは犯人の目星はつけているのか?」

「いくつか考慮出来るものはあると思います」


 リコリーは少し冷めてきた紅茶を一口含んでから言った。


「まず、下からの視界が制限される以上、魔法を使ったのはこの階にいる誰かということになります。風魔法だけ放つことは簡単ですが、何処に何があるかもわからない状態で、ドーナッツの皿を弾き飛ばすことは難しい」

「魔法陣もないし、アタシはドーナッツを食べるために自分の方に引き寄せた。事前に皿の位置を把握することは出来ない」

「となると容疑者は、何処に皿が動いても位置を把握できる、かつ皿の上の状態を確認出来る人間です。僕達と店員さんと伯父様の部下ということになります」


 ルノは双子の言葉に、眉間に皺を寄せた。


「おいおい、俺まで容疑者か」

「犯行の容易さという点では、伯父様が最も有力です。この距離なら、アリトラがドーナッツを一個食べたのを見計らって風魔法を放つのも、浮き上がったドーナッツを狙うのも簡単ですから」

「でも俺はドーナッツには指一本触れなかったぞ。どうやって銃弾を仕込むんだ?」

「飛び散ったドーナッツから、銃弾を拾い上げる振りをすれば可能」

「あのな……」


 ルノが若干苛立ちをこめて反論しようとすると、リコリーが手でそれを制した。


「そう怒らないでください、伯父様。僕達は可能性の話をしているだけです」

「それに伯父様が犯人だとしたら、アタシ達に事細かに事件のことを話したりなんかしない。アタシ達だけなら兎に角、すぐそこに部下の人もいた」

「銃器隊の人たちは総じて視力が良い。ドーナッツにあらかじめ銃弾が入っていなかったとして、伯父様がそこから銃弾を拾い上げる振りをするのを、彼女に見られたらアウトです」

「なるほど」


 ルノは双子の言葉に少し考え込んでから、口を開いた。


「じゃあルイドも容疑者からは外れるな。あいつは席も離れているし、ドーナッツが飛んだあとで銃弾を放ったとしても、俺達に見られる可能性がある」

「そうとは言えないかも」

 

 アリトラは少し声量を落としながら、ルノの言葉を否定する。


「彼女はアタシ達より後に来た。挨拶しに来たとみせかけて、床に銃弾をあらかじめ置いておくことは可能。放って転がしたならとにかく、例えば靴裏に軽く固定をしておく。ガムとかがいいかなぁ。床のつなぎ目などを利用して、靴底から銃弾を剥がしておいておけば、誰かが注視するまでは銃弾があることなんて気付かない。今までの犯行がそうだったように」

「……俺はそこまで馬鹿じゃないぞ」


 ルノは自分の部下のほうを一瞥してから、少し口角を緩ませる。


「あいつが来たのは、俺達が注文を終えた後だ。ドーナッツが頼まれることなんて知らなかったはずだぞ。誰が何を頼むのかわからないうちに、そんな仕込みをするのはおかしい。もし紅茶しか頼まなかったら、ドーナッツほど遠くに飛ばないから、銃弾だけが変な場所に落ちていることになる」

「流石、わかってますね」

「リノ伯父様が、ルノ伯父様のことを「お馬鹿さん」って言うから、試してみた」

「そうか。リノは今度殴る」

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