3-3.双子と伯父の雑談

 待つ間に、そのままの流れでルノは二人に高級なものへの興味を持つ重要性を説くことにした。

 双子は食べることを至上の喜びとして生きているが、その好みはどちらかというと庶民的であり、高級なものではない。

 なんでも高ければ良いというものでないのはルノもわかっているものの、一つの知識として高級品を使ったり口にすることは悪いことではないと思っていた。


「でも父ちゃんが美味しいもの作ってくれるから……」

「外で食べるのも好き。でもやっぱり父ちゃんの料理のほうが安心する」

「だろうな。あの男は料理上手だから。よくあそこまで器用に出来るもんだ。まぁ舌が肥えてるってのもあるんだろうけど」


 ルノが呟くと、双子は揃って同じ方向に首を傾げた。


「父ちゃん、昔は蛙食べて生きてたって言ってましたけど」

「虫食べてたって聞いた」

「何の蛙かまでは聞いていないだろ?ハリじゃ超高級食材の種類だったぞ。フィンじゃ食わないから、知られていないけどな。虫だって東ラスレの王宮で食われていた奴だ」

「蛙って美味しいんですか?」

「鶏肉みたいな味だな。淡白で不味くはない。あの男、どこでそんなもん食ったのか聞いたけど、はぐらかされた」


 本人は「孤児院育ちで貧乏暮らし、行商で生き延びてきた」と言っているが、ルノはその言葉を全て信じているわけではない。

 十八歳の若造が、混乱期のハリから身一つで出国出来るとも思えないし、そもそも結婚を許した時に戸籍を持って来いと言ったら、戸籍とは何か聞いてきた。

 いくらなんでも戸籍を知らないで行商人が務まるわけがない。しかもそんなことを聞いてきたにも拘わらず、翌日には戸籍の写しを持って来た。


「変な男だ、全く」


 思わずそう呟いたルノは、双子に見つめられているのに気付くと慌てて口を閉ざした。

 妹の夫をあまりよく思っていないのは事実で、若い時分は色々と苦言を呈したこともあった。

 その時に、双子は「伯父様なんか大嫌いー!」と大泣きして、厳格な長男も人嫌いな三男も黙り込ませた実績がある。

 お人よし揃いなセルバドス家の男達は、口先では何を言っても、甥姪から嫌われることは怖かった。それにいくら気に入らないと言っても、実子の前でそういうことを言うのはよくないだろう、と三人とも反省をした。

 また何か言われるかと身構えたルノだったが、双子は互いに逆方向に首を傾げただけだった。


「父ちゃん、変なんだって。アリトラ」

「確かに父ちゃんは少し変わってるよ、リコリー」


 何とか双子の怒りには触れなかったらしい、とルノは胸を撫でおろした。 


「……セルバドス隊長?」


 その時、少し低い女の声が割り込んだ。

 ルノが顔を上げると、双子の後方にある階段から現れた背の高い女が近づいてきた。ルノと同じような眼鏡をかけて、首元をストールで覆っている。


「あぁ、お前も非番だったか」

「えぇ。隊長はご家族とお出かけですか?」


 女はルノと双子の間に立ち、世間話として尋ねた。

 年齢は三十代前半。濃い緑色の髪を肩よりも短いショートヘアにしており、勝気そうな雰囲気を与える。


「いや、これは妹の子供だ。……双子達、彼女は俺の隊に所属する、シーネ・ルイド軍曹だ」


 双子は椅子から立ち上がると、丁寧な口調で挨拶をした。


「リコリー・セルバドスです。こっちは妹のアリトラ」

「伯父がいつもお世話になっております」

「ご丁寧にありがとう。流石、隊長のお身内だけあって賢そうなお子さんですね」

「お世辞はいい。姪はドーナッツ、甥は紅茶欲しさにお行儀よくしているだけだ。それにお前もわざわざ非番の時に上司に挨拶をすることもない」

「お見掛けしたのに声を掛けないわけには行きませんので。失礼いたしました」


 女は三人から少し離れたテーブルへと着席した。

 それを見ながらリコリーが気になったことを口にする。


「そういえば伯父様もそうですが、銃器隊の人は非番の時でも保護用の眼鏡をかけている人が多いですよね」

「外に出ていて、急に呼び出されることもあるからな。そういう時に銃器は軍にあるが、こういった小物類は用意がない」


 眼鏡の弦を指で軽く叩き、ルノは説明をする。


「まぁ、それに俺達は目が命だからな。日ごろから保護をするに越したことはない」

「じゃあ普段は銃器持ってないの?」


 今度はアリトラが尋ねる。

 ルノは腕組をして、「そうだなぁ」と天井を見上げた。


「非番の日に銃器を持ち歩くには、予め申請を出さなきゃならない。そこまでして持ち歩く理由でない場合は却下もされる。でも最近は平和だから、そんな申請する奴はいないな。まぁ俺が処理するの面倒くさいから、あまり出すなって部下に言ってるんだけど」

「隊長だから?」

「隊長は軍務以外に色々やることがあるんだよ。口酸っぱく言ったからか、ここ数ヶ月は申請は来ていないな。一番最後は、ハリとの国境に里帰りする奴だったか。あれは仕方ない。俺だって持っていきたい」


 床を滑るワゴンの音が近づいてきた。店員が紅茶とドーナッツを乗せた手押しワゴンを押して、三人のテーブルの横に止まる。


「お待たせいたしました」


 紅茶の匂いに、リコリーが先に感嘆符を上げた。


「美味しそうだね」

「うん、いい匂いがする」


 それぞれの紅茶とは別に、双子の間にドーナッツの皿が置かれる。仲良く並んだ二つのドーナッツからは出来たての柔らかな湯気が立ち上り、ザラメを少し付けた表面が油を帯びて光っていた。


「ごゆっくりどうぞ」


 店員が下がるとすぐに、双子は紅茶を手に取った。

 繊細なデザインのティーカップは、この店の特注品であり、紅茶好きの中にはわざわざ買い求めて自宅で使う者も多い。

 滑らかな縁に口を付けて一口分飲み込んだ二人は、揃って嘆息を零した。


「美味しいか?」

「とても美味しいです」

「紅茶本来の甘味が出てて美味しい。確かにこれなら砂糖は不要」


 アリトラは納得したように頷いてから、ドーナッツへ手を伸ばした。

 一緒に皿の上に置かれているワックスペーパーを取り、ドーナッツを包み込むように持ち上げる。


「薔薇の匂いする?」


 リコリーが尋ねると、アリトラは首を左右に振った。


「普通に揚げ物の匂い。そんなに味は強くないのかも」


 そう言いながら一口かじったアリトラは、次の瞬間、赤い瞳を見開いた。

 不安そうに見ているリコリーを忘れ去った様子で、口に入ったドーナッツを何度か噛みしめて飲み込む。


「凄い。クリームなのに薔薇なのにクリーム」

「何言ってるの?」

「ほら見て、中にクリームぎっしり」


 興奮気味にアリトラがドーナッツの断面を見せる。薄紅色のクリームが惜しげもなくそこに入っていた。


「薔薇の匂いがほんのりするのに、クリームの味も濃厚。薔薇が元々匂いが強いからクリームで調整しているのかも。しかもクリームだけじゃなくてドーナッツにはジャムが練り込んであるみたい」


 左手で頬を抑えながら話す片割れを見て、リコリーは羨ましそうな表情になった。

 最初にその気はなくとも、傍で美味しそうに食べられると気になってしまうのが本能というものである。


「いいなぁ。僕も頼めばよかったかも」

「もう一個あるから、リコリーにあげる。これ本当に美味しい」

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