2-7.無自覚の排除
「……は?」
ロンがきょとんとした表情を作った。
「な、なんで?俺、まだ言ってないよ」
「さっき、ロンを呼んだ時、振り返ってから目を細めてアタシの姿を確認していた。ノートに関しても目を近づけて読み上げている。最近視力が落ちた?」
「うん、ここ一年ぐらいで……」
「でもノートに書くときにあんなに顔を近づけていたら書けないし、書くにしても、もっと大きな字にする。ということは書いている時は視界に問題はなかったということになる。因みにアタシは目がいい方だけど、それでも暗いところで五メートル先の猫を見つけるのは無理かな。眼鏡かけていても無理」
つまり、とアリトラは人差し指を立てた。
「ロンはまだちゃんと証言出来ていないことがある」
「でも俺、ちゃんと……」
「ロンはね、毎日ウサギ小屋で世話をしているから、その風景が見慣れちゃってるんだよ。だから無意識に証言から外しちゃったことがあるはず。眼鏡のことだって、普段からかけてるから話すの忘れちゃったんでしょ」
「う、うん。隠したりとか、そういうつもりじゃなかったよ」
「だったら、思い出してみようか。まずはどうして校舎側に隠れなかったか。ウサギ泥棒を動物の仕業だと考えたなら、雑木林の方から来るって考えると思う。でもロンはさっき、「校舎だから」隠れ場所に選ばなかったと言った」
「えーっと……」
無意識の発言を掘り起こされたロンギークは、戸惑いながらも記憶を辿る。
「校舎は……隠れる場所が少ないって理由もあったけど、守衛さんに見つかりたくなくて」
「守衛さんって校舎の外まで出るっけ?」
「今度、学院祭でしょ?勝手に居残って作業している人とか、結構いるからさ、いつもより念入りなんだ」
年に一度の学院祭は、主に高学年によって取り仕切られる。適度に子供で、適度に賢くなった彼らが、学院祭を盛り上げようと張り切るのは、当然のことだった。
双子も放課後遅くになるまで隠れて守衛をやり過ごし、同級生たちと催し物の準備を行ったことがある。
「それに校舎側から小屋まで、タイルが敷き詰められてるから、何か見つけても走った音でバレると思って」
「それで雑木林に隠れることにした。じゃあ次の疑問。何故猫が見えたか。気付いたらいたって言ってたけど、目を離してたの?」
「眠らないように、辺りを見回していたんだ。南側を見て、北側に視線を戻したら、猫がいたんだよ」
「さっき、「南に逃げたから、そっちから来たんじゃないか」みたいなこと言ってなかった?それだと矛盾するよ。南を見ていたのに、猫は見なかった。なのに南に逃げたと思った。その根拠は?」
「だって、俺が見た時は南は暗くて何も見えなかったし……。って、あれ?」
自分の証言の矛盾に気付いたロンギークは首を傾げた。
「変だね?」
「さっきから言ってる。ロンの欠点はね、思い込みが強すぎることだよ。「こんなことが起こるはずはない」「こうしたらこういう結果になる」って思い込んで、視野が狭くなってる」
「う……」
「南側は暗くて何も見えなかった。けど北側に視線を移したら猫が見えた。その理由は雑木林にあるはず」
「……あっ」
考え込んでいたロンギークは、あることを思い出して声をあげた。
「巡回灯!」
「何それ」
「姉ちゃん達が卒業した後に出来たんだよ。アカデミーとの共同開発って言ってたかな?光源魔法陣と飛行魔法陣が入った瓶なんだけど、それが雑木林を中心に、学院内を飛び回るんだ」
「え、なんで」
「防犯装置だよ。雑木林の方から忍び込もうとする人が多くてさ。今のところ未遂で終わってるけど、何かあってからじゃ遅いし、それで導入されたってわけ」
指を上に向けて回す仕草をする。巡回灯の軌道を模した動作だが、傍目には蜻蛉採りのように見える。
「それが丁度、飼育小屋を照らす位置に出たから、ロンは猫を見つけることが出来たってわけか。その時の巡回灯の位置は北側」
「なんでわかるの?」
「南側に光源があったら、ロンは猫が南に逃げたなんて証言出来ないよ。眼鏡かけてる状態で灯りを見ると、裸眼以上に辛い。同様のことが、猫を見つけた時にも適用できる。南側が真っ暗で、北側が見れたのなら、光源の位置は東側。東側にあった巡回灯が、北側に移動したってこと」
「な、なるほど……」
「なるほど、じゃない。猫が光ったのはロンのせいだよ」
「え?」
全く事態が飲み込めていないロンギークは、何かを尋ね返そうとして、しかし何も思い浮かばずに口を閉ざす。
「アカデミーとの共同開発って言ったけど、光る物体を飛ばす程度の魔法陣は魔法が得意な生徒でも作れる。さっき自分でもそう言ってたでしょ」
「うん」
「つまりもっと高度な魔法陣が使われていると考えなきゃダメ。もしかして、その説明だけ聞いて、それ以上考えなかったの?」
「だって先生がそう言ったし……」
「防犯装置の仕組みをベラベラ話すわけない。ただでさえ、学院祭のために居残る生徒とか多いんだから」
「うぐっ」
言葉に詰まるロンギークに、アリトラは大仰に溜息をついてみせた。
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