2-6.魔法の固定化

「光る猫ってビックリするけど、それだけで授業サボってまで探そうとはしないでしょ?何か思い当たることでもあるの?」

「……うん。猫が光るって普通じゃ有り得ないことだと思うんだ」

「そうだね」

「だから、何かしらの魔法によるものだって考えた。でも生きている物に直接魔法をかけることは法律で禁止されてる」

「あー、なんか授業であったかも」


 忘れかけている授業の内容を、アリトラは脳の奥底から引きずり出す。こういう場合、リコリーであれば瞬時に思い出せるのだろうが、前向きに諦めた結果、魔法の知識はあまりないアリトラには重労働となる。


「生命体に対する魔法は、何らかの無機質媒体を通すことが前提……だっけ?」

「そう。例えば義足などを使う人には義足に対して魔法を使って、可動部などの補助をする。肉体へ魔法をかけることは許可されていない。でもあの猫は首輪とか、そういうものはつけていなかった」

「誰かが違法な魔法を使って、猫を虐待しているかも。ってこと?」

「うん。もしそうなら保護してあげないといけないでしょ?だから探してるんだ」


 動物好きなロンギークらしい言葉に、アリトラは涙を拭う真似をする。


「ロンったら、優しい子に育って」

「やめて」

「アタシは魔法詳しくないから、そのあたりが曖昧なんだけど、生き物に魔法をかけるのって簡単なの?」

「試したことは無いけど、理論上結構難しいはずだよ。しかも接触した時に光るような魔法っていうのは、生き物相手じゃなくても難しい……かな」

「曖昧だね」


 素直に感想を零したアリトラだったが、相手の少年は少々気を悪くしたように、口を尖らせた。


「だってそこまで複雑な魔法は教わっていないし。俺が出来るのは、せいぜい空中に光魔法を浮かべるぐらいだよ」

「でも基礎魔法と応用魔法で理屈は変わらないはず。アタシも基礎魔法しか知らないから、それで話すけど、まず魔法というのは固定化されることが条件だね」


 アリトラは初等科の教本の内容を思い出しながら、自分の腰につけている精霊瓶を掴み上げた。


「魔法を使う時には、最初に魔法を発動させる場所を決める。そしてそこに対して魔法の構築を行う。これが固定化。従って動く標的を追跡するような魔法は、単独では不可能」

「追跡魔法は、広範囲を固定化して行うんだよね?やったことないけど」

「魔法で戦闘するなんて、軍人じゃないとやらない。知らないのは当然。重要なのはそこじゃなくて、固定化をするには対象物が動いていないことが前提ということ」

「どういうこと?」


 アリトラは少し考え込んでから話を続ける。


「猫って動くでしょ?」

「そうだね」

「固定化、出来ないじゃない。そもそも媒体を通してしか生き物に魔法が使えないというのも、固定化の法則があるからだと思う」

「あ、そっか……。じゃあなんであの猫は光るんだろう?」

「猫本体が光っているんじゃないかもね」

「え、どういうこと?」


 アリトラはいまいち飲み込みの悪いロンギーク相手に、丁寧に説明する。リコリー相手なら、こういった作業は不要だが、かといって可愛い弟分を相手にその手間を惜しむほど冷たくはない。


「猫じゃないものが光っているのを、ロンが勘違いしたのかもってこと。」

「猫じゃないもの……?犬?」

「いや、違うって……。そのあたりを考えるために、現場の状況を詳しく教えてくれる?」

「あ、うん。ちゃんと調べたよ。現場は初期保存が大事だからね」


 制服の内ポケットから、小さいノートを取り出したロンギークは、目当てのページを開くと、ノートに顔を近づけて話し始めた。


「現場は……って姉ちゃんは知ってるよね、ウサギ小屋」

「知ってるけど、卒業してから行ってないし、念のため聞かせて」

「うん。ウサギ小屋は学院の裏手にある。直径十メートルの円形の広場があって、その北側に位置している。四方が同じ長さの小屋を二つ繋げた飼育小屋で、出入り口は一つだけ」

「広場に面した方が網になってるんだよね?」

「うん。でも小屋その物の造りが甘いから、隙間とか多くて、それで猫とか入り込んじゃうんだ」

「魔法陣とかで防御したら?」


 アリトラがそう言うと、ロンギークは口を尖らせた。


「制御機関に申し入れはしたよ。でもウサギ小屋の魔法陣のために法務部が来ると思う?「一考する」で後回しだよ」

「あ、それもそうか」

「広場の東側が雑木林になっていて、俺が隠れていたのはそこの大きな木の裏。小屋からは五メートルぐらい離れてる」

「五メートル……。ふぅん」


 アリトラは頭の中に、学院の裏手の様子を思い浮かべる。去年卒業したばかりなので、聞けば思い出すものの、やはり細部は忘れていた。


「もっと近くに隠れる場所はなかったの?」

「ない…かな。反対側は校舎だし、何が何処から来るかわからなかったから、小屋のすぐ近くは避けたかったし」

「猫はどっちから来たのか覚えてる?」

「気付いたら小屋の前にいたから……。でも南のほうに逃げたから、そっちから来たのかも」

「猫ってどのぐらいの間光ってたの?」

「一瞬だよ。ペカッて切れかけのランプみたいに光って、また元に戻っちゃったんだ」


 アリトラは考え込みながら質問を重ねる。


「あそこって灯りついてたっけ?」

「ううん、殆ど真っ暗だよ」

「うーん……」


 腕組をして考え込んでしまったアリトラを、ロンギークは数分の間見守っていたが、やがて痺れを切らして声をかけた。


「どうしたの、姉ちゃん」

「あのさぁ、ロン……。言ってないことがあるよね」

「え、何のこと?」

「見落としてるのか忘れてるのかは置いておくけど、ロンはその時眼鏡をかけてたんじゃないの?」

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