1-5.第一研究棟への恨み

「第一研究棟?」


 アリトラが首を傾げる横で、リコリーが「あぁ」と呻くように言った。


「軍用魔法の研究を主に行っているところですね」

「そう。突然、新型の街灯を作ったから今までのと入れ替えろ、と言い出した。全く、第一研究棟の連中は苦手だ。研究内容が粗雑に過ぎる」


 眉間に深い皺を寄せて苛立った様子でリノは吐き捨てた。周囲からリノが敬遠されるのは、他者に対する自分の評価を何の躊躇いもなく発してしまう点にある。本人は批判をされても傷つく性質をしていないのが、余計にその傾向を強くしていた。


「その街灯って、制御機関にもありますよね」

「軍にも置くつもりで、先にそっちに設置したようだね。あいつらと来たら、軍と密接なつながりがあるものだから、大きい顔して実験室や庭を占拠しているが、ボクに言わせれば無粋の極みだ。全く、不愉快だね」

「軍と繋がりがあると、やっぱり色々優遇されるんですか?」


 リコリーの問いに、リノは一層皺を深くした。それを見た双子は、地雷を踏み抜いたことに気付いたが遅かった。


「元々、あの庭は全研究棟の共有なのに、あの連中と来たら外で実験をしないと実戦の時に役に立たないとか訳の分からないことを言って我が物顔で使用している。使うのはあいつらではなく軍人だ。ペンのインキを変えるぐらいしか出来ない奴が偉そうに。脅し火の実験なんか一回やればいいだろうに、言い訳ばかりでグダグダと」

「お、伯父様」

「だったら室内の実験室はこちらに優先的に回すのが正当な方法というものだろう。なのにそっちは頑なに貸さないときている。お陰でこっちは長いこと、満足に広い実験室も使えぬままだ。これというのも、うちの研究棟にいたウスノロが部下の論文を転用したのが原因なのだが、こっちからすれば堪ったものじゃない。大体なんで部下の論文を使うんだ。お前の首の上のものは射撃の的か。銃で撃ち抜いてやろうか、くそったれ」

「落ち着いて」


 双子に宥められると、リノは少し気を落ち着かせた様子で荒々しい息をついた。

 一見大人しそうだが、軍人の家系に生まれた者らしく激昂型である男は、些細なことで感情を爆発させる。

 それが一層人を遠ざけていることに、リノ自身気付いていない。


「すまないね。ストレスが溜まっているんだ」

「いえ、僕達はいいんですけど……」

「さっきの「脅し火」って伯父様が実験したんじゃないの?」

「ボクはそんなこと一言も言ってないよ」


 確かにリノは心当たりがあると言っただけで、自分が実験したとは言っていなかった。


「じゃあどうしてその実験があること知っているの?」

「実験室の使用状況を確認するために、各研究棟に予定表は配られるし、そもそもあの日はボクも同じ棟で実験していたからね」


 あぁ、とリノは思い出したように付け加えた。


「彼女が見た場所にあるのは、実験棟と呼ばれる建物でね。四階建てでそれぞれの階に二つずつ大きな実験室がある。脅し火の実験は四階の……うーん、彼女の視点から見て左側で行われていた。その下では魔法陣の多重起動時における抵抗軽減の実験、そしてその隣ではボクがプラズマの実験をしていた」

「プラズマって電気の球体のこと?」

「厳密には違うが、まぁそう思ってくれて良い。プラズマで色々な形を作れないか模索しているんだ。理論上は成功するんだが、どうしても外的要因で失敗することが多くてね。その日も結局、隣の部屋の魔法陣のせいで失敗したよ」


 大げさなほどの溜息をついたリノは、腹いせのように三つ目のロールサンドを手に取る。


「制御魔法陣というものの特性を最初に聞いておけばよかったんだが、双子も知っている通り、ボクは人と話すのが苦手でね。向こうの教授に苦言を呈されてしまった」

「アタシ、よくわからないんだけど制御魔法陣って何?マスターもたまに作ってるけど」

「制御魔法陣というのは魔法同士の衝突係数を軽減する為に使用されている。魔力を一としてその余剰魔力は三放出される。それをマズル法則における計算式に代入すると……」

「伯父様、それだとアタシわからない」

「なんでだろう?簡単な物魔学なのに。リコリーはわかるね?」

「わかるというか……、知っているだけですけど」


 リコリーは悩みながらもアリトラに対して説明を試みる。


「魔法使う時って、最初にある程度威力とか範囲とか決めるでしょ」

「うん、そこに魔力の道や点を作って、目印にする」

「そう。例えば氷を作ろうとした時に、その範囲を氷の大きさと全く同じにしてしまうと、失敗しやすいんだ。だからある程度の余白みたいなのを作る」

「それは知ってる。初等魔法は使えるし」

「この余白が「余剰魔力」で、そこに別の余剰魔力が重なってしまうと互いの魔法を相殺してしまうことが多いんだ。これをメイデルヒの法則といって、式は……」

「式はどうでもいい」


 アリトラはあっさりと説明を断ち切った。


「つまり制御魔法陣っていうのは、その魔力干渉に因る相殺を防ぐものってこと?」

「そういうこと……ですよね?」


 双子が視線を向けた先で、リノは鷹揚に頷いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る