1-4.剣士の生態

 リノは片足を組んで、その爪先を揺らしつつ首を傾ける。アリトラがそれに合わせて一緒に首を傾けた。


「彼女は左手で火の玉を受け止めて火傷を負ったと言ったね」

「っていう話だったけど」

「何故左手で受け止めたんだろう」

「左利きだからでしょ?」

「……何か起きても剣を抜けるように、右手で酒を飲むような人間が、何故その「何か」に対して剣を抜かなかったのだろう」

「あまりに急で驚いた、とか」


 アリトラの仮説を、リノは首を左右に振って否定した。


「十三剣士は剣を握れなければ価値がないし、その剣で生き延びてきたような百戦錬磨の人間ばかりだ。銃器隊の流れ弾をはじき返すような剣士が、火の玉相手に抜かなかったというのはおかしいし、自らの価値ともいえる利き腕を危険に晒すとも考えられない」

「……手のひらを怪我しちゃったら剣は握れない」

「そう。ボクも剣には多少の覚えがある。父上や兄上には煩く言われたものだ」

「リノ伯父様も剣は使えるの?」


 如何にも非活動的な装いをしているリノの言葉に、アリトラは驚いた声を出した。リコリーも似たような表情を浮かべている。


「……そりゃ使えるさ。うちの家系は代々、軍人だしね。男児の嗜みとして剣はある程度仕込まれる。三男坊なんて特に父上も期待してなかったから割と楽しくやってたよ」

「伯父様は僕の仲間だと思ってたのに」

「心外だな。リコリーは剣の才能が全くないから教えない方がいい、と兄上達に進言をしたのはボクなのに」

「全くないんだ、僕……」

「リコリー、運動神経悪いもんねぇ」


 同情するようにアリトラが言う。それに対してリコリーは軽く睨むような仕草をした。


「魔法が使えないよりはマシだろ」

「あ、かわいくなーい。いいんだもん、アタシはお料理が得意だから」

「父ちゃんが全部作っちゃうから出番のない才能だね」

「煩いなぁ」

「ほら、喧嘩しない。……何が言いたいかと言うと、彼女が剣を抜かなかった理由があるんじゃないかということだね」


 伯父の言葉に双子はそれぞれ考え込む。数分後に口を開いたのはリコリーだった。


「直前まで何かで手が塞がっていた……とか」

「例えば?」

「敷地を取り囲む柵かなと思うんですけど。火の玉が見えて、よく見るために両手で柵を掴んで中を覗き込んだ。そして急に火の玉が飛んで来たので、柵から手を離して、受け止めた」

「それが近いかもしれない。柵の隙間を正確に計測したことはないが、成人女性の掌ほどの幅はあったはずだ」

「でも」


 アリトラが横から異を唱えた。


「避けた方が早いと思うんだけど」

「アリトラの言うことも最もだ。ほら、何か変な気がしてきただろう」


 リノは包装紙を丸めて、紙くずで溢れかえったゴミ箱に入れた。入れるというより乗せたというほうが近い有様だったが、幸い崩れることもなく包装紙はゴミの頂点に収まった。

 ついでとばかりに立ち上がったリノは、壁際の通信機へ手を伸ばすと、何処かに連絡を取り始める。


「……第五のセルバドスですが、ちょっとお尋ねしたい。昨日ですが軍属の方が火事を訴えなかったでしょうか」


 通信の相手は正門のところにあった守衛室であり、野太い男の声が受信機から漏れ聞こえる。

 リノは何か相槌を打ちながらそれを聞いていたが、やがて聞きたいことが終わると礼を述べて通信を切った。


「何を聞いたの、伯父様」

「昨日のこと。推測するのも楽しいけど、残念ながらボクは明日までに一本論文を仕上げないといけないんだ」

「ごめんなさい、やっぱり忙しいよね」

「双子は気にしなくていいんだよ。守衛室に問い合わせてみたが、昨日の深夜…というか日付は変わって今日というのが正確なのかな。一時頃だったそうだ。剣を持った女が突然、「木が火の玉によって燃えている」と言ったものだから、守衛たちはまず最初に彼女の精神状態を危惧したらしい」


 二つ目のラップサンドを手に取って、リノは守衛から得た情報を話し始めた。


「しかし平静を促してみれば、十三剣士隊の腕章をつけている。これは本当に火事なのではないかと思って、守衛は彼女を連れて問題の場所に向かった。しかし辺りは真っ暗、何かが燃えた痕跡はおろか木すら生えていない。よって寝ぼけていたんだろうということで彼女は厳重注意のうえで追い返された。彼女は随分粘って辺りを調べていたようだけどね」


 リノは言葉を止めると、自分が食べているラップサンドの断面を見た。


「これは何味だろうか」

「え?」


 アリトラは身を乗り出して、ラップサンドを見る。


「あ、チョコレート岩塩。砂糖使ってないから甘くないでしょ」

「それでか。見た目が完全にチョコレートだからびっくりしてしまったよ。これはこれで美味しいかもしれないな。砂糖がない分、健康にも良さそうだし」


 納得が言ったように頷いてから、リノは話題を元に戻した。


「因みに彼女は調べる時に柵から外を覗き込んで、自分の靴の跡が柵周りの植え込みに残っているのを確認していたそうだ。そこから見たんだろうね。暗くてなかなかそれも見つけられないようだったが」

「周りには他に何かなかったの?」

「良い質問だね。そこには以前は街灯がある。最近第一研究棟の連中によって作られた最新式の街灯だ」

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