8-13.片割れへの信頼
「ねぇリコリー、「お望み通り」挑発して時間を稼いであげたんだから、後は頑張ってよ」
「うん」
アリトラの後ろに隠れていたリコリーは短い返事を返す。その手には、先ほど氷柱を砕いた分厚い魔導書があった。
床の魔法陣が光ると同時に、リコリーも魔導書に魔力を注ぐ。二人を貫かんと床から生えた無数の槍は、鎖で出来た網で押さえ込まれた。
「……私を怒らせるためにわざとやったっていうの? 魔導書を読む時間を稼ぐために」
「貴女が激情しやすい性質であることは、昨日の時点でわかっていました」
解放されようとする槍と、それを防がんとする鎖が拮抗する。
「だからアリトラに頼んだんです」
「あの状況で?」
「言葉なんて要りません。貴女が僕たちを殺すと言った時に、僕はアリトラの後ろに隠れながら、魔導書を手に取った。それで全部通じました」
鎖が一本切れて槍が突き出したが、それは虚しく虚空を貫いただけだった。
「本当の兄妹でなくても、長年の実績ってわけね」
「……だから、アタシとリコリーは双子なんだけど」
不満そうにアリトラが口を挟んだが、二本目の鎖が切れた音で遮られる。
「諦めなさい。私はこの本を持つ限り、誰にも負けない。母から受け継いだすべてがこの本に入っている。付け焼刃の魔法陣では……」
女の視線がリコリーの瓶に向けられる。先ほどまで半分残っていた魔力は、まるで瓶の口を開けて傾けたように減っていく最中だった。
「貴方の魔力を無駄に消費するだけよ」
「それでも僕は二度も負けたくないんです。それも意味の分からないことで」
「何度も説明しなきゃわからないの?思った以上に面倒くさい兄妹ね!」
魔法陣の力が一気に強まったと思うと、鎖を次々と引きちぎっていく。リコリーは眉間に皺を寄せてそれに耐えていたが、魔力が尽きると同時に本を手放した。
一本だけ耐えていた鎖が、ついに千切れて弾け飛ぶ。勢いよく飛び出した槍は、そのまま天井から下がった照明を砕いた。
室内が闇に満ちて、砕かれた照明の硝子が散る音だけが響く。
女は魔導書に手を添えて、意識を集中した。その中に入っている数多の情報が脳に流れ込み、「光を得る魔法」の情報を探り当てる。そこまで僅か一秒。思考も知識も彼女には不要だった。呼吸をするかのように光を生み出して部屋を照らす。
だが、彼女の視界にいるべき人間はどちらも姿を消していた。
「貴女は絶対にその本に頼ると思っていました」
右側の死角から声がした。それを認識するより早く、右足首を掴まれる。
振り払おうとして左足に体重をかけようとしたが、そちらも既にしっかりと掴まれていた。
「だからアタシ達は貴女が光魔法を使うのを待っていればいい」
「そしてこの距離なら、どんなに弱い魔法でもダメージは与えられる」
「いくよ!」
「サンダー!」
二つの声が混じり合い、そして鋭い痛みと痺れが全身を襲った。
リコリーとアリトラが直接電撃を叩き込んだのだと理解した時には、女の体はバランスを崩してカウンターから転がり落ちていた。
「危ないから没収」
左側から現れたアリトラが、床に一緒に落ちた本を取り上げる。
「……結構効くでしょう? 簡単な魔法なので、殆ど魔力尽きてても出来るんです。今ので僕の魔力は完璧に尽きましたけど、この程度ならアリトラでも出来るので無駄な抵抗はお勧めしません」
「本に頼り切ってアタシ達がそもそも二人だっていう単純なことに気が回らなかった。それが敗因かな」
女は舌打ちをして、痺れる四肢を動かそうとしながら顔を上げた。
「親子揃って私をコケにして……。これで済むと思わないことね」
「あのー、そのことなんですけど」
リコリーは言いにくそうな表情で頭を掻いた。
「それ、貴女の勘違いだと思うんですよ。だって僕……」
言葉を遮るかのように激しく扉が叩かれた。三人が思わずそちらに目をやると同時に「面倒くさいなぁ」という声が聞こえる。
「入るよ」
遠慮など何処かに忘れて来た、さも当然と言わんばかりの口調と共に扉が蹴破られ、外の光が中に差し込む。
昼過ぎの強い太陽の光を浴びて立っていたのは、軍服に片刃剣を持った男だった。
「あ、双子ちゃん見つけた」
ミソギはそう言うと、床に倒れている女に目を向けた。
「となると、あんたが魔導書喰いかな。あまり母親には似てないけど」
「誰よ、貴方」
「あぁ、そうか。俺があんたの母親を見たのは死体になった後からだから、その本には残ってないんだね」
女の顔色が、見る間に青ざめた。
「十三剣士隊……」
「はい、正解。あんたの遺恨は兎に角として、守るべき国民を傷つけた者には処罰を与えるのが俺達軍人の仕事だから、詳しい話を聞かせてもらおうかな」
笑みを見せるミソギに、女は下唇を噛みしめる。しかしその目はまだ諦めてはいなかった。不意に獣のような唸り声を出したと思うと、痺れの残る足を動かしてアリトラに掴みかかる。
ミソギが来たことで緊張感を失っていたアリトラは、女の勢いに負けてよろける。その隙をついて本を奪い取ると、女は双子を睨み付けた。
「覚えていなさい。次は無いわよ」
転移用の魔法陣が浮かび上がり、女は姿を掻き消す。後には破壊つくされた店と双子だけが残った。
「大丈夫?」
「アタシは平気。でもリコリーが具合悪そう」
床に座り込んだリコリーは、アリトラが指摘した通り顔色が悪かった。だが心配して声をかけたミソギは、その返答に肩透かしを食らうことになる。
「……昨日から何も食べてないから、お腹空いた」
「あ、そう……」
「父ちゃんのご飯が食べたい」
「そういえば、あの女は君に何か言わなかった?本当の父親がどうとか」
リコリーはミソギの顔を見て、困ったような顔をした。
「そうなんです。でも勘違いだと思うんですよね。だって僕とアリトラが生まれた日に祖父が産院で写真を撮っているんです」
「写真?」
「珍しいでしょう? お祖父様が当時凝ってたそうなんですよ。あの人が言う通り、僕がハリで生まれて父ちゃんが預かってフィンに連れて来たとしたら、あんな写真撮れません」
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