8-5.本当の父親

「キャスラー・シ・リン」


 歌うような口調で女はその名前を口ずさむ。フィンではまず聞かないような名前の構成と響きだった。


「それが貴方のお父さんの名前」

「………え」

「瑠璃の刃という犯罪組織で唯一生き延びた幹部。自分だけ助かるために仲間を殺した男」

「僕はそんな人知りません」

「貴方の顔は、キャスラーに瓜二つだわ。貴方の年齢は?」

「……十八です」

「瑠璃の刃が壊滅したのは二十年前。その後で彼が子供を作ったとすれば計算は合う。貴方は彼の子供で、だから家族と似ていない」


 嘘だ、と言おうとしてリコリーは言い淀む。

 女の顔は真剣そのものだった。


「……僕は確かに家族には似ていないけど、髪や目の色は母親と同じだし、双子の妹は母親に似てます。だから一緒に生まれた僕は」

「黒髪なんて珍しいものじゃないわ。それに、貴方と妹さんが本当に同じお腹の中から出て来たって、言い切れるの?」

「僕の父親はホースル・セルバドスです」

「貴方のお父さん、前に来た時に話したけど二十年前はハリにいたそうね。キャスラーと繋がりがあって、その縁で貴方を預かったとしたら?」


 リコリーは否定の言葉を探そうとしたが、頭の中は混乱していた。小さい頃から言われ続けた、「似ていない」という台詞だけが強く響いていた。

 女の言葉から逃げるように後ずさったリコリーに、しかし容赦ない言葉が浴びせられる。


「あの混乱期にハリからフィンに移民するのは容易ではなかったはずよ。何らかの手助けがあったと考える方が妥当ではないかしら?貴方の母親から妹さんが生まれて、同時期に貴方をキャスラーから預かって、双子として育てたとしたら?」

「違う……」

「男女の双子なら似ていなくても周りは気にしないものよ」

「けど、僕は」

「そうね。あの男の血を継いでいたとしても、貴方には罪はない。私も貴方に格別恨みがあるわけでもない」


 恨み、という単語にリコリーは疑問符を浮かべる。


「恨みって……?」

「キャスラーは私の母を、瑠璃の刃の幹部だった「魔導書喰い」を殺したのよ」


 女は本棚に手を伸ばすと、白い魔導書を手に取った。

 表紙には茶色い手形がついていて、リコリーは直感的にそれが血の痕だと理解する。女はゆっくりそれを開いた。


「貴方には恨みはないけど、私はキャスラーに用事がある」


 二人の間に巨大な魔法陣が現れた。理解することすら馬鹿らしいほど複雑で緻密な魔法陣が、強大な魔力を持って広がる。


「悪いけど利用させてもらうわ。可愛い魔法使いさん」

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