8-4.二十年前の犯罪者

 出かけて行ったリコリーを見送った後、アリトラは店の中に戻った。


「兄貴の方か、今の」


 カウンターに座っていたカレードが口を開く。手元にはまだ湯気の立ち上る珈琲があった。


「西区に仕事で行くって言ってたけど、多分本屋に寄って帰ってくるはず」

「本屋か。俺には未知の領域だ」

「アタシも本は苦手。頭痛くなる」


 アリトラは苦笑いしながら、カウンターの端に積み上げられたランチメニューを手に取った。清潔な布巾で一つずつ丁寧に拭きつつ、リコリーが行きたがっていた古書店の話題を口にする。


「だから絶対に魔導書を買って帰ってくるはず。あるいはお金が足りなくて取り置きしてもらうか。どちらにせよ帰りは遅いと思う」

「魔導書か。……そういや七番目のお仲間に、似たような通り名がいたな」

「情報屋さんだっけ?」


 アリトラは以前に聞いた知識を脳裏に浮かべる。

 ある犯罪組織に所属していた幹部であり、十三剣士隊の情報屋として動いている人物。「七番目」という通り名は幹部時代の地位に基づいているとのことだった。


「あぁ。まぁ俺は詳しいことは知らないけどな。俺が軍に入る前のことだし。マスターは知ってるんじゃないのか?」

「俺もよくは知らない」


 カウンターの奥からカルナシオンの声だけが聞こえる。


「あの犯罪組織が壊滅した頃、俺はまだ刑務部の新人だったからな。下っ端が関われるような事件じゃなかった」

「マスターが下っ端の頃って何年前?」

「二十年ぐらい前だな」

「………二十年?」


 アリトラはつい先日に起きた「怪盗Ⅴ」の事件を思い出す。

 あの怪盗も、確か二十年前に壊滅した犯罪組織の一員という触れ込みだった。どちらも似たような経緯で、なおかつ数字が使われていると気付いたアリトラは、ある仮説に辿り着く。


「怪盗Ⅴと、その七番目って人は同じ組織の人?」

「あぁ、そうらしいな」


 カレードは珈琲を飲んで眉間を歪めながら続けた。


「ハリに拠点を持ち、数々の犯罪を行った巨大犯罪組織「瑠璃の刃」。十人の幹部がいて、それぞれが通り名を持っていた。七番目は「魔術師」だったと思う。魔導書って付くのもいたけど……うーん、覚えてねぇな。ミソギだったらわかると思うんだけど」

「七番目ってどういう人?」

「どういう……。なんかいまいち掴みどころがないな。やたらとマイペースで俺達のことも振り回すし、何考えてるのかわからないこと仕出かすし」

「その人以外はどうしてるの?」

「全員死んでる。何しろ巨大な組織過ぎて、十三剣士だけじゃどうにもならなかったところに、七番目が取引を持ち掛けたんだよ。「内部工作をしてやるから、自分だけは見逃せ」ってな」


 可笑しそうに笑うカレードとは対極的に、アリトラは憮然とした表情を作る。


「それでその人はお咎めなし?でも他の幹部が死んだってことは、その人も本来同じ運命だったんだよね?」

「まぁ今は割と大人しくしてるしな」

「変なの。その人、名前はなんて言うの?」

「名前? えーっと、確か……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る