5-5.怪盗の侵入経路
「困ったことになったよ」
戻ってきたリコリーが意気消沈しているのを見て、アリトラは首を傾げた。足には未だに蔦が張り付いている。近隣からは同じ目にあっている軍人や魔法使いが文句を言うのが聞こえていた。
「どうしたの?」
「杯、盗まれちゃったみたいなんだ」
「盗まれた?」
素っ頓狂な声を出すアリトラに、リコリーは溜息交じりに説明する。
「クッションの上に魔法陣を描いて、誰かがそれを盗もうとしたら大音量の警報が鳴る仕組みだったんだけど、さっきの時計の音で掻き消されちゃったみたいで……。部屋にいた四人に身体検査をしたけど、誰も杯は持っていなかった」
「じゃあ外部から入ってきたってこと?」
「うん。そうなるね。正面の扉に書いた魔法陣は、施錠用のもので一度解除されたら消えてしまうものなんだ。でも僕が入るまでは維持されていたことから、誰かが入ったとは考えられない。で、中に二つ階段があるんだけど」
「三階に行くやつでしょ?」
「うん。そっちには通過した人間の数を数える魔法陣をつけていた。更に階段の先には四方を強力な魔法陣で連結した小部屋のようなものを作っていて、何処にも行けないようになっている」
「………ん? なんでその階段も塞がなかったの?」
「展示室の構造上の問題。侵入経路を塞ぐために元々の通気口を塞いでるんだ。だからその代わりに空気が抜けるところがないと展示物への影響があるってことで仕方なく。
二つの行き止まりの部屋…面倒くさいな。右の部屋、左の部屋って呼ぶけど、そこには一人ずつ軍人がいて、右の部屋の人が左に行くと、左の部屋の人が右に行って、今度は左の部屋の人が右に…っていう巡回を行っていた」
アリトラはその説明に益々首を傾げる。
「わかりにくいし、それだと片方の部屋が空になる瞬間が生まれる」
「そこが狙いだったんだ。怪盗が逃走経路として考えた時に、まずは警備が手薄なところを狙うんじゃないかと思ってね」
「右からスタートするには理由があったの?」
「右にいた軍人のほうが、左にいた軍人よりも若かったんだ。僕にはよくわからないけど、軍では若い者からまず動くっていう暗黙の了解があるらしい」
それは何も不自然なことではなかった。
規律正しい軍では、些細なことでも複数な決まり事を持っている。特別な指示がなかったとすれば、平素の規則に応じて行動するのが軍として正しい。
「ふーん。それでどうだったの?」
「どちらの部屋も空っぽで、軍人は二人ともそれぞれ左右の階段のところにいた。それぞれの魔法陣の通過回数はどちらも十二回」
「一往復で一つの魔法陣を二回通過するから…三往復ずつしたってことかな」
「そういうことだね。話を聞いたけど、矛盾はしていなかったよ。ということは怪盗はその魔法陣も使わなかったことになる」
「待ってよリコリー。大事なことわすれてない? その軍人さんが怪盗だったら、移動中に盗むことは可能だよ」
「それは考えにくい。まず身体検査で何も出てこなかった。それに中にいた六人は僕がこの蔦を発生させるのを知っていた。でも発生させるタイミングは僕に任されていたから正確な時間はわからなかった」
「もし時間を測り間違えて、本来の巡回ルートと異なる場所で蔦に足を取られていたらバレる。そう言いたい?」
「そういうこと」
それだけではなく、暗闇に乗じて盗んだとしても、どうしても魔法陣の通過回数の問題がある。二人とも階段にいたのなら盗んでから階段に戻ったことになるが、その場合は一往復分片方の通過回数が多くなる。
つまり階段の二人は犯人である可能性は低い。
アリトラはそう結論付けると、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえばリコリーは身体検査したの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます