5-3.警戒態勢

「仲がいいんだな」

「普通だと思う」

「私にも妹がいるが、そこまで仲良くはない。少なくとも食事を半分ずつにしたりはしないな」

「食い意地張ってるだけです」


 サンドイッチを包んでいた紙で指を拭き、スカートに落ちたパン屑も回収すると、アリトラは話題を変えた。


「怪盗Ⅴって、急に現れたんですか?」

「詳しいことは知らないが、少なくともフィンでは初めてだ。二十年前まではハリで結構暴れまわっていたと、うちの上官が言っていた」

「じゃあもう結構年取ってますよね」

「どうだろうな。怪盗Ⅴがいた組織は幹部クラスに十代、二十代の人間もいたようだから、案外まだ四十手前かもしれない」

「男?」

「それは間違いないようだ」

「ナイスミドルの怪盗……いいかも」


 年頃らしくミーハーなアリトラは、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。


「でもなんでハリじゃなくてフィンなんだろう? 元々ハリにいたなら、そっちで活動すればいいのに。そもそもその幹部って全員死んじゃったんでしょう?」

「それが実は一人だけ生き残ったらしいんだ。どの幹部かはわからないが、組織の残党、関連施設を潰すために一人だけ生け捕りにしたことは十三剣士隊も認めている」

「それが怪盗Ⅴ?」

「もしかしたらフィンに連れてこられたあと、牢獄に入れられていてやっと出てきたのかもしれないな」

「二十年で出てこれるもんなんですか?」

「そこまでは私も知らない」


 他の幹部や側近が殺されたのなら、一人だけ懲役になるのは不自然に思えるが、もしかしたら何かの取引があったのかもしれないとアリトラは無理矢理納得する。

 そもそも自分の生まれる前の、しかも隣国の事件のことなど考えても答えなど出ないに決まっていた。


「過去の資料によれば、怪盗Ⅴは暗闇に乗じて盗難をするとのことだ。停電してもすぐに非常用の魔法陣が作動して光源は確保出来ることになっているが、気を付けるに越したことはない」

「時間になったらどうするの?」

「残念ながらそれは話せない。ただ大展示室は三つの出入り口があってそれぞれに作戦があるから不用意に近づかないほうがいい」

「じゃあここで待ってよーっと。動くとお腹空くし」


 ソファーに深く座りなおしたアリトラは、暇つぶしに左右を見回す。

 一階から両翼にカーブを描いた階段でつながった廊下は、そこも展示スペースになっており、比較的色合いが派手な壺や絵画が置かれている。

 いずれもガラスケースに収まっているが、そこに天井からつるされたシャンデリアの明かりが反射しており、アリトラの位置からだと非常に見えづらい。

 大展示室の両開きの扉は木枠にビロード張りだったが、蝶番の状態から見て金属製であることをアリトラは見抜いていた。

 扉の両側には体躯の良い軍人が二人ずつ立っている。

 中は人が多いのでわかりにくいが、一番奥に魔法陣で封印された展示ケースがあり、その左右には三階へと続く階段室への扉がある。

 アリトラは何年も前に来た時の記憶を必死に掘り返すが、三階に何があるのか全く思い出せなかった。

 こういう場合、リコリーはよく覚えている。偶に、本を一冊丸暗記していることもあるほど記憶力は良いのだが、アリトラと違って狭く深く記憶してしまう傾向にあるので、周りがよく知っているようなことは案外わかっていない。要するに少し天然である。

 その天然の片割れは、右側の階段に続く扉の前で、誰かと話をしながら扉に描かれた魔法陣を確認していた。


「今何時ですか?」

「十時五十分だ」


 懐中時計をわざわざ取り出して答えるあたり、この軍人は親切な部類に入る。

 最初に疑った手前、優しくしてくれるのかもしれないが、アリトラにはどちらでも構わなかった。


「ただいま」

「あれ、中にいなくていいの?」


 リコリーが戻ってきたので、アリトラは首を傾げる。他の軍人や魔法使い達も次々と展示室から出てきて、中には殆ど人がいなくなっていた。


「中に色々な人がいたら、不審者が紛れ込んでもわかりにくいでしょ?現に怪盗Ⅴは同じような手を使ったことがあったらしいし。だから中は最小限の人間に絞ってるんだ」


 リコリーはアリトラの横に再び座る。二人の傍にいた軍人は、いつの間にかいなくなっていた。

 目の前の展示室の扉が閉まる間、二人は少し眠くなってきたのもあり、言葉少なにそれを見つめていた。

 だが思ったより大きな音を立てた扉に魔法陣が光りながら浮かぶのを見て、アリトラが小さな感嘆符を零した。


「あんな大きい魔法陣、軍以外で初めて見たかも」

「あー……あれ作ったの僕。もっと小さく出来るはずなんだけど、大きくなっちゃって」

「リコリーが作ったの?」

「最初に用意されてたのが規格違反だったんだ。だから作り直したんだけど……先輩や部長みたいには出来ないね。階段の魔法陣はうまく動いたんだけど」


 アリトラにはその魔法陣の何が悪いのか、全くわからなかった。

 そもそも精霊を持っていない身では魔法陣を描くことなど不可能だし、持っている者でも咄嗟には描けない代物である。

 だがリコリーは思ったものが出来なかったと不満そうに呟いていた。


「……エリートも大変だね」

「何?」

「何でもない」


 その時、突然大きな音が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る