3-9.推理の行き先

「そうだよね。牧場主っていうのは、よほど人柄が悪くない限りは不信感を抱かれない人種だ」


 ミソギは穴だらけの牛舎を見回して呟いた。


「そして牛舎の中に武器が隠されているなんて、普通は思いもよらない」


 牛の鳴き声は響いているが、中にも外にも人の気配はなかった。

 よほど急いでいたのか、ひっくり返された水桶や叩き破るように開けられた裏口はそのままだった。


「アリトラ嬢の言った通りだね。リコリー君は気付かなかったみたいだけど、牛がいた場所に何も落ちていないなんて不自然だ。何か隠そうとして慌てて土を埋めなおした…ってところかな」


 牛のいないスペースに、足跡一つないのを確認したミソギは、鞘に入ったままの剣先でそこを突いた。

 牛がいたなら踏み固められているはずなのに、耕したばかりのように柔らかかった。

 先刻、アリトラが走ってきたときは来賓席などに座らせた苦情かと思って身構えたのだが、予想に反して出てきた言葉は「牧場主が大量の武器を隠し持っている」というものだった。

 言われるがまま、基地の外を調べると牛糞の混じった土が落ちていて、更にそこが踏み荒らされていた。よく見てみれば、機関銃で使用する弾丸が一つ取り残されていた。

 アリトラによれば武器が魔法陣に引き寄せられて、壁に激突した痕跡だと言う。

 足跡は、それを回収しに来た牧場主のものだろうとも言っていた。

 本来なら魔法陣が発動してから、ほぼ時間差もなく物質が引き寄せられたはずが、カレードが旗を降ろしてから牛が現れたのは、ここで一度壁にぶつかったことで減速されたため、というのが双子の仮説である。

 勿論、それを確認しようにも当の牛は死んでしまったし、もう一度魔法陣を動かすわけにもいかない。


「まぁ牛糞踏んだ奴なんて、軍用犬使えばすぐに捕まるけどね」


 その声に応じるかのように、軍用犬の鳴き声が遠くから聞こえてきた。ミソギはその細い目に鋭い刃のような光を宿して、牛舎から外へと出て行った。






 リコリーは突然後ろから肩を掴まれて、軽く飛び上がった。


「リコリー、そこまでよ」

「か、母ちゃ……セルバドス管理官」


 長い黒髪に青い瞳をした、どこかアリトラに似た眼差しの女が立っていた。

 灰色のスカートスーツを着こなし、胸元の一粒真珠のネックレスのみをアクセサリーとしている。

 堂々とした立ち姿は、制御機関の新人であるリコリーにはまだ出すことが出来ない「威厳」というものを感じさせた。


「貴方がラミオン軍曹ですね。子供がいつもお世話になっているようで、申し訳ありません」


 カレードは少し戸惑いながら、肯定とも否定ともつかない言葉で返す。


「先ほど、クレキ中尉から目標を捕縛したとの連絡がありました。魔法陣の暴発については制御機関で調査を続けますが、反社会派組織については軍に調査を依頼いたします」

「まぁ、俺はどうでもいいんだけど……」

「魔法部隊の不始末については公表をしますので、緘口令は敷かないとのことです。但し、それ以外については軍の上層部が方針を決めたうえで今後の対策を取るとのことですので、それに従うようお願いします」

「え? 公表すん…するの、ですか?」


 変な言葉遣いになったカレード相手に、シノは表情一つ変えずに続けた。


「それが、軍の意向とのことです」

「……あ、そうでございますですか」

「リコリー」

「は、はい」

「貴方は、私の付き添いでアリトラを迎えに来ただけです。そうですね?」

「……何か取引したんですか」

「貴方の質問は許可していません」


 毅然とした母親の告げる言葉に、リコリーはそれ以上抗う術を持たなかった。

 軍から連絡が来るまで、父親と甘い甘い空間を形成して、マフィンを作っていた母親はすっかり封印されていた。


「はい、わかりました。僕はアリトラを迎えに来ただけです。アリトラ、何処かに行っちゃったけど!」

「よろしい。では制御機関はこれにて退去いたします」


 颯爽と踵を返した母親を、リコリーは慌てて追いかける。勢いで敬礼をしたらしいカレードの、呆然とした表情を面白く思う暇もなかった。

 すれ違う軍人たちが、母親の顔を見て敬礼する中を通過して基地の正門まで行くとアリトラが待っていた。


「母ちゃん、リコリー。遅い」

「アリトラ、お待たせ。さぁ帰りましょう」


 シノ・セルバドス管理官から母親に戻った女は、アリトラに優しい表情を見せる。


「ねぇ母ちゃん」


 リコリーが後ろから声をかけると、シノは面倒そうな顔をした。


「私は貴方達に危険な目に会ってほしくないの」

「どういうこと?」

「今回捕まったのは、組織の末端。恐らく軍用武器の横流しをしていた程度の人間よ。まだ他にも捕まえるべき者は残っている。そんな連中に、事件の手助けをしたのが貴方達だと知られたら困るの。ただでさえ二人とも、遠目から見ても目立つラミオン軍曹と話をしていたし、誰の記憶に残ってもおかしくはないわ」

「つまりその組織に目を付けられないようにしたってこと?」

「特定しやすい情報は避けるに越したことはないわ」


 先を歩いていたアリトラが、その時ふと振り返った。


「母ちゃん」

「何かしら?」

「それだと筋が通らない。あの事故が起きた時には一般人はいたけど、その後は軍属の人間しかいなかったはず。確かにカレードさんといたアタシ達は目立ったかもしれないけど、そもそも事故が起きた後に、アタシ達の素性なんてわかっちゃってたでしょ。それで目立つも目立たないもない」

「アリトラ」


 リコリーが、母親の剣呑なまなざしに気付いて制止をかける。だが、饒舌なことでは人後に落ちぬ少女はとめどなく言葉を紡いだ。


「それに母ちゃん、「軍の武器を横流しした」って言ってた。つまり軍から流れたものってことだよね? 横流しした人間が軍にいるってことになるんじゃないの? それを捕まえるために、制御機関が手を引くというアピールを行った。外部の人間の介入が無くなるとなれば、軍にいる裏切り者が安心するだろうと思って。違う?」

「そうねぇ」


 娘の指摘にも、シノは殆ど表情を揺らぐことはなかった。


「そういうのもいいんじゃないかしら」

「母ちゃん、はぐらかさないでよ」

「はぐらかしてなどいないわ。話す義務がないから答えないだけよ」

「無駄だよ、アリトラ。そんなことでベラベラ口を割るような人なら、管理官になんてなってない」


 溜息交じりでそう言った片割れに、アリトラは渋々ながら同意した。十八歳の若者には、世界は少々複雑だった。


END

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