第4話 +HandPrint
4-1.ライツィの悩み
ライツィ・ニーベルトは典型的な頼れる若者だった。
商店街で生まれ育ち、運動神経が良く力が強かったことから一帯の子供達のリーダーのように扱われてきた。
よく言えば飾らない、悪く言えばガサツな性格ゆえに、ライツィは自分が率いる子供達がどういう出自かなどまるで気にしなかったし、良い意味で平等を貫いた。
その分、良家の子息女からは倦厭されることが多かったが、ライツィにとっては痛くも痒くもなかったし、そういった手合いに後ほど再会しても明るく挨拶するような能天気な男だった。
二十歳になり、父親が営んでいた食品店を継いだ後もライツィが頼れるリーダー格として扱われることは多い。
だが、そんな頼れる若者ライツィは、現在進行形で渋い表情を浮かべて店先にいた。
左右には木製の箱が詰まれ、それぞれに缶詰や野菜、小麦粉などが入っている。箱は淡い色で塗られて可愛らしく仕上がっており、値段を書いた紙も花などの絵で飾られている。
その間にあって不機嫌そうな顔をした男は、通りかかる人々を怯えさせるには十分だった。
「どうしたの、ライチ」
「不機嫌そうな顔。さては売上不振?」
愛称で呼ばれて顔をあげたライツィは、年下の幼馴染である双子を見て「あぁ」と呟いた。
「リコリー、アリトラ」
「ライチらしくもない声。いよいよ倒産?」
「アリトラ、そんなこと言ったら駄目だよ。破産手続きとか大変なんだから」
「待て、勝手に破産させるな。うちは今月も黒字だ」
「じゃあなんでそんな顔してるの?」
リコリーが首を傾げる。
「ちょっと考え事をしていただけだ。買い物か?」
「あ、うん」
買い物メモをリコリーが差し出すと、ライツィはそれを見ながら何度か頷いた。
「大丈夫だ、全部揃ってる」
「よかった。後ね、いい小麦粉があったら欲しいんだけど」
「東ラスレから取り寄せたのがあるぞ」
「じゃあそれも。アリトラ、何か欲しいの?」
近くの箱を覗き込んでいたアリトラを見て、リコリーが声をかける。
青い長い髪を揺らすように顔を上げた少女は「ジャム」と言った。
「ジャムも買おうよ」
「いいけど、イチゴジャムは父ちゃんが作るって言ってたよ」
「じゃあミルクジャム」
「好きだね、それ……。偶には別のがいいな」
双子の会話を他所に、ライツィはメモを元に商品をレジに集めていた。
途中でパスタの入った袋を取り出した時、「あ」と声を出して顔を顰める。
そしてそれをレジの向こうに放り投げてしまうと、別の袋を出した。
「どうしたの?」
「折れてるんだよ、中が」
「ちょっとなら大丈夫だよ」
「そんなもん売れるか。お前らはよくても、あのお店は折れたパスタで金を取るなんて言われたら溜まったもんじゃない」
「本当に折れているだけ?」
リコリーの後ろから、ジャムを一瓶持ってアリトラが顔を出す。
「これもね」と台の上に置くと、そのまま続けた。
「商品を放り投げるほうが、お店としてどうかなと思うけど。放り投げたってことは廃棄でしょ。折れたぐらいで廃棄しないし、そもそも投げたらもっと折れる」
ライツィは苦い顔をして、今しがた放り投げたパスタの袋を一瞥した。
「相変わらず、アリトラは鋭いというか変なところに気が付くというか……。まぁ、その通りだよ。食えやしないんだ、あれは」
「どういうこと?」
「それより先に商品だけまとめさせてくれ。中途半端に止めると計算間違うから」
全ての商品を揃えると、ライツィは使いこんだ算盤を取り出した。
並んだ珠を弾いて計算をする、古くからある道具であるが、最近は魔法による自動計算機能がついたものも多く出回っている。
ライツィのような若い商人が使うのはあまり見かけないものの、「こっちのほうが売上を指で感じられて良い」という昔気質な性格から愛用しているのを双子は知っていた。
金額を書いた紙を渡され、リコリーが財布から紙幣を抜いて差し出す。
「あ、ぴったりあるかも。小銭出すから待って」
「はいはい。……うん、丁度だな。毎度あり」
紙袋に商品を詰め込んだものを、リコリーが受け取る。
小麦粉だけは重かったために袋に入りきらず、それはアリトラが受け取った。
「それで何があったの?」
興味津々で尋ねるアリトラに、ライツィは軽く溜息をついた。
「いたずらだよ、いたずら」
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