2-4.本は多弁に語る
「この三冊は全て、同じ著者が同じ理論について書いている。そこまではいいよね?」
「はい」
「僕は学者じゃないから、詳しいことはわからないけど、論文って自分の考えを論ずるものだよね?他の人の考えを抜粋、引用する場合にはその旨を記載しなきゃいけないと思うんだけど」
「その通りです。無断転載などは禁じられます」
「最初はこのバツに見える形に意味があるかと思ったけど、違うんだよ。もっと単純に考えればよかった。片側にインクを塗って本を閉じると、もう片方にインクが写る。つまり転写だ」
リコリーの言わんとすることがわかったサリルは、若干青ざめた顔で首を振る。
「まさか、君は」
「この論文、誰かの書いた論文を無断で使ってるんじゃないの?」
「こ、この著者は高名な学者です。そんなことをするわけが……」
「そう、そこがポイント。制御機関の僕でも知ってる、有名人が書いた本だ。そこに無断転載がありました、なんて言ってもなかなか信じてもらえない。まして同じアカデミーの人間であれば」
「では君は、これは論文を無断で使われた人がそれに抗議するために行ったものだと?」
「そう考えると、わざわざ手間のかかることを、自分がアカデミーの人間であるとわかるような道具を使って行った理由が通る。そうだな、同じ立場や著者より上の人間だったら、こういう手段はとらずに真っ向から抗議するだろう。ということは、犯人は著者より立場が弱く、堂々とそれを公表しにくい人間だと考えられる」
少し落ち着きを取り戻したサリルは、しかし唇の色はやや青白いまま口を開く。
「……アカデミーでも教授クラスは自分の研究室を持ちます。もしかしてその研究室に属する部下の方かもしれません」
「その可能性が高いと思う。でもアカデミーの図書館でそんなことをしたら、著者がその意図にすぐ気付いて揉み消してしまうかもしれないよね。だから、こっちの図書館を選んだ」
「し、しかしそれを君のような人間が気付かなければ、ただの悪戯書きで終わってしまいます」
「それでいいんじゃないかな?」
リコリーは借りられた痕跡のない本を見て呟いた。
「だって誰にも読まれないような本なら、犯人が必死に不正を訴えたところで誰も相手にしてくれないもの。これを読むような人間が、落書きの意図に気付いてくれればいい。そんな気持ちだったのかもね」
「……私は気付きませんでした。実際、君が今日いなければ、悪質ないたずら書きだと司書に届け出て終わっていたでしょう」
意気消沈した様子のサリルを見て、リコリーは苦笑した。
少々高慢だが誠実なサリルのことを、リコリーは嫌いではなかった。
「きっとこの人は誰かに気付いてほしかったんだよ。僕が気付いたんだから、それでいいじゃない。それにサリルが来なかったら、この本が見つかるのはもっと後になってたかもしれないよ。僕、こういうの読まないから」
「だとすれば私は、この本を読んだ者として不正を訴えねばなりません」
サリルはリコリーの手から本を取ると、他の二冊と合わせて丁寧に持ち直した。
「気付いたなら、気付かぬふりは出来ないのです」
「そうだね。サリルのそういうところ、僕は好きだよ」
「母に相談してみます。君の考えをそのままお借りしても良いですか?」
「うん。何かわかったら教えてね」
「失礼します」
丁寧に礼を述べて、サリルはリコリーの元から立ち去る。
階段を下りていくその横顔が何か緊張を含んでいるのがリコリーの視界に入り、横切って消えた。
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