第5話 +PhantomThief[怪盗]

5-1.美術館への差し入れ

 魔法使いの国、フィン民主国は東西南北と中央の計五つの区画を持っており、中央は更に五つの地区で分かれている。

 中央第三地区には、「アカデミー」と呼ばれる魔法研究機関がある他、大きな美術館があることで有名だった。

 五階建ての白亜の建物の中には、国中の美術品が集められており、その史学的あるいは金銭的価値は計り知れない。

 かつてフィンが王政だった頃に贅沢の限りをつくして作られた黄金の食器、大陸随一の天才陶芸家の作った壺。どのように作られたのかすら定かではないガラスで出来た精巧な時計などがそこにはある。

 来館者数が多いわけでもなく、いつもは静かな空気だけが粛々と流れる場所だったが、この日ばかりは事情が違った。

 二階の大展示室には魔法使いや軍人が揃い、それぞれが辺りに警戒を払っている。既に閉館時間を超えているが、彼らは誰一人そこを動こうとしなかった。

 緊迫した空気の中、しかしそれを不意に破ったのは一人の少女の声だった。


「『マニ・エルカラム』からご注文の品をお届けにあがりましたー!」


 場に相応しくないその声に全員驚いて入口を振り返る。

 大展示室の入口で大きなバスケットを持った黒いワンピースの少女は、皆の反応を見てきょとんとした顔をしていた。

 特徴的な赤い瞳が、青い前髪の奥で揺れる。

 少女の登場に呆気に取られていた面々だったが、入口の一番近くにいた軍人が真っ先に我に返った。


「どこから入ってきた!」

「え、裏からですけど」

「今日は関係者以外立ち入り禁止だ」

「いや、だから夜食のサンドイッチを頼まれたんで持って来たんですけど……」


 アリトラは困ったように首を傾げる。そして展示室の様子を見て、赤い目を瞬かせた。


「これ、どういうこと? なんで閉館したのに人が沢山いるの?」

「そんなことより、何故お前は此処まで入ってこれたんだ!守衛には関係者以外を入れないように言っている。勿論、宅配業者などは言うに及ばずだ!」


 他の面々も、唐突に表れたアリトラを怪訝そうな目で見ていた。

 アリトラからすれば仕事で来ただけなのに怒鳴りつけられるという理不尽で、だんだん不機嫌になっていく。


「お前、まさか奴の仲間じゃないだろうな」

「奴?」

「こっちに来い。取り調べてやる」


 軍人がアリトラの腕を掴もうとした時に、展示室の奥から慌てた声が放たれた。


「待って! 待って下さい!」


 人の間を縫うようにして軍人の前に割り込んだ少年を見て、アリトラは不思議そうにその名を呼んだ。


「リコリー?」

「ぼ、僕は制御機関法務部のリコリー・セルバドスです。彼女は僕の妹で、怪しい人間じゃありません」

「それを信用しろと?」

「いくら奴が変装の名人でも、妹に化けるのは無理です。僕と妹は双子だし、いくらでも本人確認の方法はあります。えっと、それと」

「ねぇリコリー。よくわからないんだけど」

「ちょっと黙ってて」


 袖を引くアリトラにリコリーが素っ気なく返す。だがそれが強気な少女の癇に障った。


「黙ってろって何。アタシ、仕事で来ただけなのにいきなり怒鳴られて迷惑」

「僕に言ったって仕方ないだろ」

「大体、今日は飲み会で遅くなるって言ってた。なのになんでこんなところいるの?遅れて来た反抗期?」

「僕も仕事!」

「仕事なら仕事ってちゃんと言わないと、ビーフシチューが余る。父ちゃん、リコリーが食べるからって別皿に入れてたのに。あれ食べていいの?」

「それは食べる。というか今朝も僕のフルーツ横取りしたのに、まだ食べるの?」

「あのオレンジは昨日食べられたプリンの仇」

「あー、もういい。もういい」


 兄妹喧嘩を始めた二人を軍人が制した。


「本当に兄妹のようだな」

「はい、あのすぐに帰らせます」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 軍人は周りに声をかけると、その場で臨時の会議を始める。

 取り残された双子は互いに顔を見合わせた。


「それ夜食?」

「マスターの新作サンドイッチ。美味しいよ」

「重くなかった?」

「んー、サンドイッチだから見た目ほどは重くない」


 そんな会話をしていると、再び軍人が声をかけた。


「えーっと」

「リコリー・セルバドスです」

「あぁ、そうだった。出入りが発生すると、その分奴の侵入を許してしまう。その妹については君が責任をもって監視、保護をしろ」

「わかりました」

「え、アタシ帰れないの?」

「ゴメン、理由は後で説明してあげるから我慢して」


 懇願するリコリーにアリトラはそれ以上何も言えず、口を閉ざす。そして、思い出したようにバスケットを両手で抱え直すと、彼らに差し出した。


「領収書の宛先はどちらにすればよいでしょうか?」

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