悲しい過去  ※やや残酷な描写を含みます


--------あたしは夢を見ていた。


 ふわふわと宙に浮いて、あるほほえましい光景を見下ろしていた。


 

 ちいさな男の子と、その子よりやや年上の女の子が、光に包まれた場所で仲良く追いかけっこをしている。ふたりはとてもたのしそうに声をあげて笑っていた。


 そのちいさな男の子は、幼い頃の日高くんだ。


 たどたどしい口調で何度も「まって」と、先を走る女の子に呼びかける。それでも女の子は立ち止まらず、面白がるようにますます早足で走り出す。ちいさな日高くんはどんなに走っても走っても追いつけずに「まってよ」と言いながらベソをかきそうになった。すると女の子はようやく走るスピードを緩めて日高くんに振り返った。その顔を見てあたしは息を飲む。日高くんがまるで姉を見るような目で見つめている相手は、いづこちゃんだった。


「おねえちゃん、つかまえた!」


 そういって日高くんがいづこちゃんに飛びつくと、ふたりは仲の良い姉弟のようにじゃれ合いはじめた。


『ねえ、日高。日高は伊津子と遊ぶの、たのしいでしょう』


 いづこちゃんは身をかがめて幼い日高くんの顔を覗き込みながら聞くと、日高くんが「うん、すごくたのしいよ!」と頷く。いづこちゃんは日高くんの頭を撫でながら言った。


『でも残念。もう夜が明けてしまうわ』


 いづこちゃんが日高くんから離れようとすると、笑顔を弾けさせていた日高くんの顔がかなしげに歪んでいく。


『うふふ、男の子がそんな顔をしないの。また明日の晩にいらっしゃい。……でもだれにも見つかってはだめよ?『力』を使って、またひとりで来なさい。そうしたらおねえちゃんは日高と一緒にあそんであげる』


 いづこちゃんがそういうと、彼女の姿はだんだんと薄くなり空気に溶けるように消えてしまう。すると直前まで元気に走り回って遊んでいた日高くんも、がくりとその場に倒れて眠り込んでしまった。でもすばらくすると、日高くんは眠ったままの状態で立ち上がりだし、まるで夢遊病者のようにふらふらと歩きはじめる。そして寝息を立てながら、光りに包まれた空間から貝楼閣へといっきに『飛んだ』。たぶん神力でワープしたのだろう。

 そして眠ったままの状態で、何事もなかったかのように自分の布団の中に入り込むと、そのまま日高くんは眠り続けた。夜の間じゅう貝楼閣の外に出歩いていた痕跡なんて、日高くんの部屋のどこにもなかった。

 しばらくして部屋の中が朝日で明るくなってくると、なかなか起きてこない弟をパジャマ姿のちいさな穂高さんが起こしにやってきた。


「日高ぁ!!おまえいつまで寝てるんだよ?昨日の夜は七時にはもう眠ってたくせに、おまえはほんとねぼすけだなぁ」


 穂高さんに揺り起こされ、日高くんは目をしょぼしょぼさせてひどく眠たそうにう唸る。たっぷり睡眠時間はとったはずの弟が、どこかやつれた顔をしていることに気付いて、穂高さんは心配そうに日高くんをのぞき込んだ。


「日高?………最近おまえ、どこか具合でも悪いのか?」




* *



 あたしの目の前が真っ白な光に包まれ、また違う場面があたしの目前に現れた。



* *



 日高くんといづこちゃんが遊んでいた“光に包まれた場所”に、誰かがいた。ひとりはいづこちゃんだけど、もうひとりは大人の男の人だ。男の人はとても上背があって、背筋がすぅっと真上に伸びた惚れ惚れするほど立ち姿のうつくしい人だ。

 顔は一目みたら見入ってしまうほどの美しさで、なのにドキドキではなく相手を穏やかな気持ちにさせてくれる、とてもやさしげな雰囲気の人だ。でも今その男の人は表情を曇らせて、厳しい口調でいづこちゃんに詰め寄っていた。


「やはりあなたでしたか。日高を夜な夜なこの異界の入り口に連れ出していたのは」


 いづこちゃんは目の前にいる男の人の深い怒りに気付いているであろうに、怖がりも悪びれもせずにクスクスと笑い出した。


『やはり親子ね。あの子はとても天高あまたかにそっくり。あの子が拗ねたときの顔と、今のあなたの顔、とてもよく似ているわ』


 天高というのが男の人の名前らしい。いづこちゃんは子供なのに、まるで年長者のような態度で天高さんに話し続ける。


『でもむやみにわたくしをおそれるあなたとちがって、日高はわたくしにとてもよく懐いてくれている。あの子はとてもかわいらしいわ』


 いづこちゃんの言葉に、天高さんは「やはり」と呟いて眉を顰めた。


「…………お願いです、伊津子比売イツコヒメ。もうあの子をここへは呼ばないでください。眠っているあの子は自分の身に何が起きているのか気付いていません。このまま無意識のうちに夜ごとあなたの呼びかけに応じ続ければ、あの子の肉体は疲れ果て、その身に宿る魂は疲弊し、命が削られてしまう」

『わたくしと一緒にいることが害になるとでも言いたいのね。ずいぶんな口を叩くじゃない、天高』


 いづこちゃんはいかにもおかしげに声を上げて笑い出す。


『あなたには見えないのかしら?わたくしと過ごすようになった日高の魂が、疲弊するどころか日ごとにうつくしく輝きだしているのが』

「…………見えていますとも」


 いづこちゃんの指摘に、天高さんは苦しげな表情になる。


「私はあの子の父親ですから。……いくら力の弱い私にだって、あの子が日に日に海来神としての力を持ち始めていることくらい見てわかります」


 やるせなさそうにそう言うと、天高さんはいづこちゃんを睨みつけるような強さで見つめた。


「あの子だけでも普通の子供として育てるつもりだったのに。あなたは私の目が届かない場所で、父さんがあの子にかけたはずの封印をすこしずつすこしずつ綻ばせていたのでしょう」

『ええ、その通りよ。偏屈だったお兄様らしく、日高にかけられていた封印はかなり複雑に編まれた小賢しい神呪だったわ。でもわたくしの力があれば、あの子の封印をすべて解くのも時間の問題でしょうね。……喜んでいいのよ、天高。そうしたらあなたの大切な息子は、もうすぐうつくしい竜に変化するのよ』


 まるで門出を祝うような晴れやかな笑みを見せるいづこちゃんに、天高さんはますます厳しい表情になる。


「ですが過ぎた力は身を滅ぼすだけです。せっかく封じていたあの力を解放すれば、日高のちいさく未熟な体では竜の魂を支えきれなくなってしまいます。……あなたも気付いていらっしゃるようだが、日高は海来神の再来とまで呼ばれた父さんを遥かに凌ぐ神力の持ち主だ。あんなにも強大な力を宿すなんて、生身の体ではとても耐えられるわけがない。だからどうか、あの子をそっとしておいてやってください」


 深々と首を垂れる天高さんにいづこちゃんは冷ややかな目を向けた。


『あら。耐えられないのなら、あんな脆弱な人の体など捨ててしまえばいいだけのことでしょう。もともと竜であるわたくしたちが人としての肉体を失うことに、どんなおそれがあるというのかしら』

「…………あなたはつまり、あの子に死ねというつもりなのか」

『いいえ。本来あるべき竜の姿に戻ることこそ正しいことだとわたくしは言っているのよ』

「それが強すぎる力を持って皆礼家の者として生まれた者の宿命さだめだというのですか?………あなたはあの子と血の繋がった存在なのに、そんな酷なことを望まれるのか……!!」

『酷なこと?ただ肉体が滅びるだけで、竜のたましいはに帰り、決して滅したりはしないのよ?そうすれば人なんかのために務めを強いられることも、穢らわしい者たちから崇高な心を冒されることもなくなる』

「………人としての死など、些末なことだとあなたは言うのですか……!」

『そうよ。だってあのような不自由でちいさく卑しい人の器に、あんなにも強くうつくしい竜のたましいを封じて縛り付けておくことのほうがよほど酷というもの。だというのに、あなたもお兄様も封印なんかを施してあの子をただの何の力も持たない下賤な人に貶めてしまうなんて、それこそ許されることではないわ』


 いづこちゃんは背筋がぞっとするほど美しい笑みを見せる。笑っているけれど、いづこちゃんも深い怒りを覚えていることが厳しい言葉の端々から強く伝わってくる。でもその見るものを圧倒する凄絶な笑みにも天高さんは屈せずに、はっきりと、そして訴えかけるように言葉をつづけた。


「伊津子比売。ですが我々は竜である前に、すでに人でもあるのです。そのように皆礼の人間はこの数百年を生きてきました。人には人の住む世界があり、慈しむべき命があるのです。それを侵すことも罪深く、人を愛した父なる竜主神の意向に逆らうことだとは思いませんか」

『………まわりくどい話ね。つまりは天高は、わたくしに日高にはもう手を出すなと言いたいのでしょう?』


 天高さんは強く頷く。するといづこちゃんは口の端をニッと釣り上げた。


『じゃあわたくしは天高でもいいわ。そんなに言うのなら、伴侶も子供もいますぐ捨てて、あなたがわたくしといっしょに永遠とわへ行ってくださる?』


--------それは絶対に頷いてはいけない誘いだ。でも天高さんは揺るぎのない表情で頷いた。


「…………わかりました。その代わり、ひとつ約束してください」

『ええ、言ってごらんなさい』

「私があなたと一緒にあちらの国に行くのだから、“もう二度と日高には手を出さないでください”」


 天高さんがそう高らかに言い放つと、その体を蒼い光が覆っていく。


『わかりました。“約束しましょう”』


 いづこちゃんがそう応じると、白金の光が彼女の体を覆い、やがてふたりが体に纏っている光と光がぶつかり合って混ざり合っていく。おそらく今、ふたりの間に“契約”が交わされたのだろう。完全に光と光りが混ざり合うと、いづこちゃんはとてもうれしげに言った。


『さあそれでは行きましょう、天高』


 天高さんが頷いたその途端、突然足元から水が噴き出してきて水の壁になり、四方を囲んで天高さんを中に閉じ込めてしまう。それは水の壁で出来た筒状の水槽のようであり、最初は中身は空っぽだったけれど、天高さんの足元からどんどん水が溢れてきてあっという間に天高さんの腰元まで水に浸かってしまう。このままでは天高さんの頭のてっぺんまで水に沈んでしまうのも時間の問題だ。でも天井は水の壁でフタがされているから逃げ場もない。でもいづこちゃんはかわいらしくハミングしながらご機嫌な顔をしている。


『ふふふ、生身の体なんてに行くには邪魔にしかならないでしょう?早くそんなもの、置いていきましょう』


 首元まで水に浸かった天高さんを見て、いづこちゃんは満足そうに目を細めた。


『日高ほどではないけれど、あなたの魂もこれはこれでじゅうぶんうつくしいわ。溶けて消えてしまいそうなほどに儚く、散り行く花のような憐れな色をしている。……竜のうつくしく崇高な魂を、こんな穢れた人間の器に閉じ込めておくなんて罪深いこととは思わない?皆礼の者たちはもう数百年もそんな大罪を犯しているのです。……天高、もう楽におなりなさい。人の肉の牢獄に囚われたあなたの竜の魂は、わたくしがちゃんと解き放ってあげましょう』


 いよいよ口元まで水が迫ってきた天高さんは、それでも取り乱したりせずに自分の運命をはじめから悟りきった目で静かに佇んでいた。そんな天高さんを見ていると、彼の思考があたしの頭に流れ込んできた。



(竜の契約は“絶対”だ。………よかった。これで日高を守れる)

(いや、こうしなければ守れなかったと言うべきか。………父さん、すみません。誰かを助けるために自分を犠牲にするなど、いちばんの下策だとあなたは言っていましたね)

(でも偉大なあなたと違って力がない私には、自分の子すら自分の身と引き換えにしなくては守れないのです。許してくれとはいいません……ですがもしあちらの国で会えたら、また私のことを不出来な息子だと言って叱ってくれますか………?)


 天高さんはまるで祈るように両目をそっと閉じた。


(………美弥子……穂高、すまない。等価で守れるのは日高だけになってしまった………)

(海来としても父としても出来損ないの私のことを、それでも大事にしてくれて………しあわせだった……)

(ありがとう………呪いのようなこの皆礼の血筋などもう私の代で終わりにしようと固く決めていたけれど、美弥子に出会い、家族を得て…………この十年こそ、私は自分の生まれた意義を本当の意味で感じることが出来たんだ………)


 天高さんの口元が完全に水に浸かり、抗いようもなくごぼごぼとその口内に入り込んでいく。天高さんは尊厳を持ってその瞬間を迎えようとしているのに、迫りくる水は容赦なく天高さんの表情を苦痛まみれに歪ませて、呼吸を絶たれる苦しみで両腕は悲しいほどに水中でもがき続ける。でもそれでもなお天高さんの心は死への恐怖に穢されることなく一心に家族に思いを向ける。


(………日高、いつも何も出来ない私を慕ってくれてありがとう…………本当にすまない……おまえのせいなんかではない……こんな方法でしかおまえを守れない父さんを許してくれ………どうかおまえは私のこんな最期など何も知らず、なんの罪悪感も覚えぬように育ってくれたら…………)

(……穂高、日高………皆礼の血になど囚われず、どうか私が手にした普通の人としての幸福を、あの子たちの手にも…………)

(………………っ………………)


 天高さんの思考は次第に途切れていき、酸素が絞り出されたその体も力が抜けてだらりと水の中に漂う。その姿を水柱の外側から眺めていたいづこちゃんはうっとりとした顔で呟いた。


『よかった。これで天高も、もうずっといづこといっしょね。やっと天高はわたくしだけのものになったのね……!!』


 いづこちゃんはまるで恋が成就した乙女のように頬を染めていた。


『ふふふ、天高が最後に選んだ相手はあの人の女でも息子たちでもなく、このわたくし。……これでわたくしだけのものになったのよ』


 勝利宣言のように言い放つと、いづこちゃんは天高さんを閉じ込めていた水柱の中に手を突っ込んだ。それから天高さんの髪を鷲掴みにすると、まるで物のようにその体を引き摺りだした。


『やっぱりたましいだけになった天高はとてもきれい。……だからもうこれはいらないわ』


 まるで汚らわしいものを見るような目で見ると、いづこちゃんは次元を歪ませて足元に呼び出した豊海の海に、動かなくなったその体を放り込んだ。水面に叩きつけられて派手な飛沫が散る。さっきまでたしかに生きていたはずなのに。ほんの一瞬前まで家族のことに思いを馳せ、やさしい表情を見せていたのに。その体がいらないガラクタのように波間に飲み込まれていく。


 日高くんのかけがえのない存在だったひとが、冷たい夜の海に消えていってしまう。




(………いや………いやっもうやめてぇ………っ!!なんでこんな……こんなひどいことするの……っ!?)


 あたしは涙でぐしょぐしょになったままいづこちゃんに飛び掛ろうとすると、腕をきつく掴まれて止められる。振り返ると、そこにいたのは穂高さんだった。あたしと同じようにふわふわと宙に浮いている穂高さんは、やるせなさそうな顔で首を左右に振った。


『ののかちゃん、向こうに行ってはいけない。次元の狭間に飲み込まれる』

(でもっ……でも………っ)


 たった今あたしの目の前で事切れたあの男のひとは、日高くんのお父さんだ。あたしが大好きなひとが、大好きだったひと。その人が残酷な方法であちらの国に連れていかれようとしているとき、あたしは何もできなかった。ただ見てることしか。

 いづこちゃんと同じくらい、自分のことが許せない。あたしが声を上げて泣き出すと、穂高さんがそっとあたしの肩を抱いてきた。


『ごめんね。つらいものを見てしまったね。……でもこれは過去のこと。次元と次元が重なり合ったこの異空間が見せた過去の幻だよ。父の死はもう誰にもどうすることも出来ない。たとえ僕や日高の体に流れる竜の力をもってしても』


 穂高さんはあたしにではなく、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


(……………穂高さん……もしかして……今まで穂高さんは何度もことがあるの………?)


 そう尋ねたあたしの顔を、穂高さんはどこか憂いを湛えた目で見つめ返してくる。人懐っこいその目には、今は深く静かな悲しみの色が満ちていた。たぶん穂高さんは今まで何度も、お父さんの最期を繰り返し繰り返しことがあるのだろう。そのたびに穂高さんの心の中に積み重ねられていった悲しみや噛みしめた無力さ、もう取り戻すことが出来ないお父さんへの思慕の念が、穂高さんにこんなにも大人びた表情をさせているのだろう。そう気付くと、日高くんより落ち着いた、穏やかで大人びたその雰囲気がただ切なかった。


『ののかちゃん、そんな顔しないで。父さんの最期は今まで誰も知ることが出来なかったけど、霊体になったおかげで僕はことが出来た。……つらいけど、せめて僕だけは立派な最期だったって知ることが出来てよかったんだよ』


 弟のためにお父さんがその命を散らせた。その事実はどれだけ穂高さんを苦しめたのだろう。だけど穂高さんは悲しいだけではない笑みを見せて、胸を張った。


『弟が持つはずだった荷物を肩代わりしてやるのは、いつだって先に生まれたお兄ちゃんのつとめだからね。日高はこんなこと、一生知らなくていいんだ。あいつは余計な苦しみを背負わなくていい。これは僕が墓場まで持っていく。それでいいんだ』


 日高くんのことを思う穂高さんの温かさにあたしが泣きそうになると、穂高さんはわざと茶化すように言ってくる。


『ね、ののかちゃん。僕ってめちゃくちゃいい兄貴だろ?』


 あたしが何度も泣きながら頷くと、穂高さんはうれしがるどころか困ったように照れた顔して「日高みたいにうざがられないと、うれしいけどなんか調子狂うなぁ」とぼやく。


『おっと。そろそろ朝だ。さあ、ののかちゃん。涙を拭いて目を覚ますんだ。今なら僕の力で君の意識をもとの場所に送り出せる』


 そういうと、穂高さんは片手を上げて、手印を結びだす。


『伊津子は厄介な相手だ。起きて早急に対策を練らないと。君まで霊体にされてしまったら、僕は死んでも死にきれない』

(………………いづ、こ……)


 日高くんたちのお父さんを無邪気な顔で死に追いやっていたその子を思い浮かべた途端、あたしの背にぞくりと冷たいものが走り抜ける。そんなあたしに気付いて、穂高さんはまるで幼い子にするようにまたあたしの肩をぎゅっと抱いてきた。


『怖いことに巻き込んでしまってほんとうにごめんね。………これから君にとって受け入れ難い現実が待ち受けているのだとしても、必ず解決する方法はあるはずだ。少なくとも僕はいつでもののかちゃんの味方だよ』

(穂高さん……)


 穂高さんはすこし冗談ぽく笑う。


『“おにいちゃん”と呼んでもらえないなら、せめて“穂高くん”って呼んでほしいな。………ほら、もう時間だ。行くんだ。残念ながら僕は一緒には行けないけれど、あの明るい方へ歩いていってごらん』


 そういって穂高さんはまばゆく輝きだした一本の光の道を指さす。


(………これは夢?目が覚めたら、あたしまた穂高さ……穂高くんのこと、ちゃんと見えなくなったりするんじゃないですか?)


不安に思うあたしに、穂高さんはどこか意味ありげに苦笑する。


『大丈夫。順調に育っているから、いずれ神力の高まったののかちゃんにはいつでも僕の姿が見えるようになるはずだよ』

(育ってる?って何がですか?)

『………………それはね、うちのバカ弟の口からちゃんと聞くべきことだ。いくらおにいちゃんでも、そんな大事なことまで勝手に暴露は出来ないよ。あのね、ののかちゃん。それは何の罪もない女の子にとってはとても残酷で許せないことかもしれない。けれど、僕は君の味方だ。見えなくてもおにいちゃんは君の傍についているからね』


 ほらもうお行き、と背中を押されてあたしは歩き出した。


 一歩進むごとにふわふわとしていたあたしの足は重さを得ていく。そのまま歩き続けると、視界がいっきに白くなった。突然、足だけじゃなく全身にずっしりとした肉体の重さを感じて目を動かすと、薄く開いたあたしの視界に貝楼閣の見慣れた天井が見えてきた。






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