14話 海見る君に想うこと─透

 青色に少しの白色。そんな空には太陽が斜め上を漂っていた。雲がかかっていて昨日のような暑さはなかった。


(けどやっぱり暑いな)


 歩いていて汗をかくことはないが、暑いのものは暑い。それに風が全くというほどに吹かないため余計にそう感じる。

 それでも透と彼女は歩いていた。

 それは昨日と変わらない光景。見ている人がいたら飽きるかもしれない。けれど、大きく変わったことが一つだけあった。


(僕が誰かの隣を歩いてるなんて久しぶりだな。いつ以来だったけ、思い出せないや)


 彼女が隣を歩いているということだ。

 昨日は彼女が前を歩いて、透はついていくだけだった。しかし、彼女はいつの間にか隣を歩いていた。それだけ昨日の夜の出来事は大きいモノだったかもしれない。


(なんか距離が縮んだ気がしたような…しないような。気のせいのような……気のせいじゃないような)


 出逢ったばかりよりも彼女は落ち着いた。透はそう感じていた。けれど、透にはこうなった原因が分からない。いったい彼女になにがあったのだろうか。知っているのは彼女だけだ。透には知る方法はなかった。


「ねぇねぇ、なんか聞こえない?ザザアァって波の音みたいなやつ?」


 そんなことを考えたりしていると、彼女がそう話しかけてきた。昨日のように振り向くではなく、横を向いていた。


「………なにも聞こえないけど」


 透は耳をすましたが、なにも聞こえなかった。

 蝉の声も聞こえなければ鳥の声も聞こえない。ましてや、波の音なんて聞こえもしない。


「いや絶対聞こえるよ。私耳は良いはずだから」

「けど僕は聞こえないけど」

「じゃあ、音が聞こえるところに行ってみよう」

「あ、ちょっと待ってよ」


 彼女は髪の毛はバサバサと揺らしながら駆け足で進んでいった。それは思ったよりも速くて、後ろ姿は小さくなっていく。

 透はそんな彼女を追いかける。昨日よりも脚が重い気がした。


「はぁ……はぁはぁ。やっと…追いついた」


 それから数分して丘の上で彼女は立ち止まった。そして、どこか遠くを眺めていた。

 しばらくして透が追いついた。辿り着いた時の息は荒かった。普段身体を動かしたりしないから余計に荒かった。

 透が追いついたことが分かると、彼女は振り向いた。そして笑顔でこう言った。


「ほら、私の耳は正しかったよ」

「え?」


 その言葉の意味を知りたくて隣に立つ。すると目の前には海が広がっていた。

 ザザアァ──。

 耳をすますと確かに聞こえてきた。彼女が先程言っていた波の音だった。


「ほんとだ、海だ……綺麗」


 空の青色とは違う青色。見続けていると青色に呑み込まれそうになるような感じがする。広大で壮大だった。だからこそ、透の口からは″綺麗″という言葉が出たかもしれない。

 隣の彼女を見る。彼女は黙って海を眺めていた。その横顔は、目の前にある海のように綺麗だった。


「ん?どうしたの。こっちずっと見ちゃったりして」

「なんでもないよ。ほら、もっと近くに行ってみよう」


 照れ隠しのつもりでそう言って、海に近づいた。彼女はそんな透の後ろをついていった。昨日とは逆だったから新鮮に感じた。


「……」

「……」


 波打ち際を歩きながらは喋らなかった。ただ歩いているだけだった。砂浜には、そんな二人の足跡が残っていた。

 ビュウゥ──。

 砂浜を歩いていると吹く強い風。自然と歩くのを止めていた。それは彼女も一緒だった。


「なんか新鮮な感じだよ。私こんな海と近くまで来たことなんてないし」

「そうだね」

「そうだねって……もしかして君も初めてなの?」

「うん、海は初めてだね。小さい頃にプールとかはあったけどね」

「え、プール行ったことあるの?いいなぁ」


 彼女とそんなやり取りをする。傍から見ると、ごく普通の会話だ。彼女にとってはこんなこと当たり前かもしれない。それでも透にとっては特別だった。

 それは白明病を患っているためだ。

 白明病のことを知ってしまうと皆、距離をとるようになる。そして、そのままいなくなっていく。

 二度と会えない。

 二度と話せない。

 そんな経験があったから、透が彼女とこのように話せることは特別だった。透にとって、こんなにも同じ人と話すことなんて久しぶりだった。

 ただ、彼女がこの白明病しんじつを知ったらどうなってしまうのだろうか。

 今までの人達のようにいなくなってしまうのか。

 それとも受け入れて、今までのように接してくれるのだろうか。

 そんなことを考えてしまう。

 彼女は昨日、辛い過去のことを話してくれた。だから、今日は透が話す番だ。そう思っているが、話せるような気がしないのであった。

 怖かった。

 恐かった。

 彼女がどのような反応をするのか。


「…プールなんてつまんないよ。あんなところに行くなら家でゴロゴロしてたほうが有意義だよ」

「なんでさー?いつでも遊べるのに」

「……あれはただ大きいだけのお風呂だよ。栓を抜くとお風呂のように水は無くなって、そして入った跡だけになる。

 だけど、海はそうはならない。水は無くならないし、入った跡も残らない。だから、僕は海のほうが好きだよ」

「なんかいまいち分からないよ。…もしかして君って、物事を難しく考えてるの癖だったりする。そう思ったりするのって私だけなのかな?」

「きっとそうだよ」


 そして、また歩きだす。

 脚に波が当たるギリギリのラインを、ただ真っ直ぐに歩いていく。

 後ろの太陽が作りだす影は前に長く、細く佇んでいたのであった。

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