11話 とある昔話と君の優しさ─莉子

(今なら話せそうな気がするような…)


 それは莉子が今、思っていたことだ。

 何故こんなことを思ったか説明しろと言われたら、なんとなくとしか言えない。ただ、今日の、このタイミングを逃すと話せなくなる。そんな気がしていた。

 星空の下。それはとても雰囲気があった。言葉にはできない雰囲気だった。莉子は深呼吸をする。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


 けれど、話すには覚悟が必要だ。

 もしかしたら、話して彼が驚くかもしれない。

 もしかしたら、話して彼が引いてしまうかもしれない。

 ネガティブなことばかり考えてしまう。けれど、彼ならきっと大丈夫だ。莉子の心は、そう言っていた。


(よしっ、喋ろう。言おう。彼に、私の昔話を)


「……あのさ」

「ん、どうしたの?」


 隣にいる彼は、不思議そうにしてこちらを見た。莉子はその目をしっかりと見て、言葉を紡いでいく。


「君に聞いてほしいことがあるの」


 暗闇を切り裂く光が二人を照らした時。一瞬だが明るくなった時に、莉子は静かに口を開いた。不思議と頭の中は落ち着いていた。

 これは莉子にとって、とても大切で辛いこと。それなのに、彼は頷いてくれた。優しく頷いてくれた。それを見てから、莉子はまた口を開く。聞いてもらうために、口を開く。


「あの、私の昔話聞いてくれない?桃太郎とか、花咲じいさんみたいなハッピーエンドなんてないよ。全然おもしろくないし、聞いてて辛いだけかもしれない。それでも…………聞いてくれる?」

「うん、聞くよ」


 彼は肯定してくれた。たった一言だけなのに、それには確かな安心感があった。彼だからから安心できるかもしれない。

 莉子が今日、彼と出逢ってから隠してきたモノ。それは莉子の″傷″だった。そして、自殺をしようとしていた理由だった。

 喋ることはもちろん辛い。それを知っている身体は僅かに震えている。しかし、喋らなければならない。

 彼はそんな莉子が喋るのを待っててくれる。彼は、それしかできないからだ。ただ、待ち続ける。

 莉子は彼をもう一度見ると、ゆっくりと深呼吸をする。そして彼の見て、喋り出した。


「あのね、私が小さかった頃は、お父さんもお母さんも生きてて楽しかったんだ。ほんとに幸せで、明日が来るのがが嬉しかった。

 けど、夏のある日出かけた時の帰り道で、交通事故で………………お父さんお母さん死んじゃったの……」


 彼は黙って聞いててくれる。莉子の壮絶な過去には、悲しさ、哀しみ、切なさ。言葉では表現できない、あらゆる負の感情があった。

 涙が自然と溢れてくる。虐待されても、イジメられたりしても、けして溢れなかった涙。それが今は溢れている。ダムが決壊したかのように溢れている。目の前が歪んで見えている。

 それでも莉子は、知ってもらうために喋り続ける。


「お父さんとお母さんが、死んだ後は………もう、ほんとに地獄だったよ。思い出したくない、毎日だよ。引き取り先はなかなか決まんないし、やっとの思いで決まった所じゃ、叔母さんに虐待されまくるし。そして、高校に行くとイジメられるし。

 ほら、君だってイジメは見たでしょ。あれみたいなこと、毎日されるんだよ。家でも、高校でもね。

 …………なんで私だけがって、考えてた頃もあったよ。神様は残酷な性格をしてるって、思ってた頃もあったよ。だからね………自殺しようとしたの」


 莉子の口からついに自殺の理由が出た。今まで誰にも喋らないで、我慢し続けていたこと。死ぬまで喋るつもりのなかったこと。彼に喋ってしまった。

 彼はなにも言わなかった。ただ頷いて、話を聞いているだけだ。そんな対応にも優しさを感じていた。


「………けどね、おかしいんだよ。もう死にたいのに、もう生きたくないのに…………さっきさ、欠けてる月見た時に、思っちゃったの。……死ぬのが怖いってね。……まだ生きていたいってね………私っておかしいよね」

「……そんなことないよ。誰だって死ぬのは怖いもんだよ。それは僕だって一緒だよ。けど、それでも僕達は、自殺するために旅をするんだよ」


 彼はまた、肯定してくれた。それが莉子にとって、どれほど気が楽になるものとは彼には分からない。

 けれど、それでもよかった。莉子はよかった。笑顔が似ている彼に、喋れるだけでよかったのだ。聞いてもらえるだけでよかったのだ。


「そっか、そうだよね。それでも旅はしないとね………君、ありがと」

「どういたしまして」


 そして、莉子はお礼を言った。

 この″ありがと″と意味は、言った莉子自身でも分からなかった。ただ″傷″を話したこと。それだけは、変わらない事実だった。

 それから二人は、一言も喋らなかった。それでも彼は離れたりはしなかった。しっかりと、莉子の隣にいてくれた。そして、肩をポンポンと叩いてくれる。その光景はまるで、我が子をあやす父親のようだった。それで余計に涙が溢れたりもした。

 月と星達は、そんな二人を優しく照らし続けていた。欠けている月はそれでも、頭上にあった。死を表す白い光がより鮮やかに、はっきりと見えた気がした。

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