千世子とINN

@bouboucha

プロローグ

「きれいな夕焼けだなあ」

 思わず、言葉が出てしまう。

 日はすでに沈み、背中には群青色の空が迫り、目の前に橙色の夕焼けが広がっていた。

こんな時だからこそ、この煌めきをゆっくり楽しもうと思う。


 話は2時間ほど遡る。

 ほんの1時間ほどのフライトだった。

 好天に恵まれ、飛行機は無事着陸。初めて乗る飛行機に、子供みたいにうきうきしてた。

 今日から新しい生活が始まるのも相まってテンションは最高潮。

 お決まりのアナウンスが流れ、座席ベルト着用サインが消えた。

 まず最初にスマホの電源を入れた。

 周りの人も同じような仕草がちらほら見受けられる。

 で、目線を画面に戻すと、「バッテリーの残量が…」メッセージが一瞬表示され、消えてしまった。いきなりケチがついた。

 搭乗前に充電しておいたつもりだったが、こんな事もあるかとあきらめた。

 気を取り直し、とりあえず出口から到着ロビーに向かう。

 そそくさと手荷物受取所へ移動し、自分のスーツケースを待つことにする。

 生活に必要な物一式詰め込んだら結構重くなった事を思い出しながら、ぼーっとして待つこと約十分。

 だが、こない。ぜんっぜん来ない。結果として、来なかった。どーなってんの?

 カウンターで調べてもらったらミスで別の空港に飛んでいるとかなんとか説明を受けた。あり得ない。連絡先を書いて、後日受け取るように手配をした。

 スマホが動いてないから連絡先が確認できないと焦ったが、バッグに引越しの申込書控えがあることを思い出した。スマホの電話番号と新居の住所を伝え、事なきを得た。

 ついでに充電コーナーの場所も教えてもらい、早速…、今度はケーブルがない事に気がついた。


 約束の時間が迫っている。そう、まずは引越し先のアパートへ向かわないと。

 ここまでで約1時間のロス。財布とか必要最低限の物はある。

 予定の時刻までに間に合わないかもしれないので、仲介担当さんに連絡したいので、公衆電話を探す。

 案内図を見るまでもなく、充電コーナーの隣がそうだった。

 即座に電話を掛けてみるが、通話中だった。

 次善の策として、電車で最寄りの駅まで移動した後、タクシー使うことにした。

 余分な出費は痛いがしょうがない。

 近辺の様子を歩きながら確認する予定だったが、これは後日でいいだろう。

 タクシーが来ないかもと思ったが、それは心配無用だった。

 駅を出るとタクシーの列があり、暇そうにしていた先頭の運転手に声をかけ、乗り込む。

 程なく、現地に到着した。

 時間には間に合った。

 だがしかし、アパートはなかった。

 代わりに大勢の人と消防車と焦げたがれきの山があった。


「うそでしょ?」


 一瞬気が失いそうなくらい動転したが、そんな暇はないと、気合いを入れた。

 とりあえず大家さんか仲介さんを探して話をしようとしたが、ごたごたしていて無理だった。

 まともに近づくこともできない。

 野次馬のざわつきと、消防車の無線と、焼き出された人のうめき声とかが混ざり合い、喧噪となっている。

 しょうがない。腹をくくって、これからの事を考える。

 気持ちの切り替えは重要だ。

 幸い、入居前なので実質的な被害はない。

 細かいことは後日相談するしかないし、今は無理だ。

 当面の課題を考える。まずは今夜の宿を探すのが最優先事項だ。

 夕方ですでに暗くなってきている、すぐにも日が暮れる。

 春は近いとはいえ、結構寒い。一気に不安がこみ上げる。

 寝る場所を確保しないと今後の事も安心して考えられない。

 大学から送付された入学案内に地図があったことを思い出し、見てみる。

 ほどなく歩いて行ける場所に学生会館とある。学生向けの施設があるらしい。そこへ行けば、なにか相談できると思い向かう。


 大学は丘の上にあるので、そのまま坂を上る。

 すると開けた場所に出て、見事な夕焼けが広がっていた。

 最優先事項を変更。

 この美しい景色を心に刻み、落ち着きを取り戻した。

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