名の無い色の星空へ
PeaXe
序章
ユメの中
昔から、よく悪夢を見る。
それらの夢は、必ず目が覚めてから現実になる。予知夢というやつだ。それらが現実になるのは今日か、一ヵ月後か。どちらにせよ、妙に印象に残るそれらの夢は忘れる事は出来なくて。
そしてそれらは、変える事の出来るかもしれない未来のようだった。
その夢は『僕が直接関与している他人の未来』の光景しか見られないようだけど、どうやら、その未来を変える事の出来る資格を、僕は与えられているらしい。
深い眠りの中で、それはいつだって鮮明な映像として現れる。
それがどれだけ残酷でも、どれだけ卑劣でも、どれだけ望まない形でも。夢が自分の望んだ結末になる事なんて、一度として無かった。
幾つか『変えられた』と言える未来はあった。けど最終的な結末が変わった数など、片手で事足りる。
だからいつしか、現実は自分の手では変えられない、と考えるようになった。
それに気付いて、それでも変えたいと願って、そしてそのために『何をしなければならないのか』を必死に考えた。
何をすれば良い?
何をしたら それは変わるのか?
・・・・答えはいつだって決まっていなくて、結局変えられない事の方が多くて・・・・。
僕の力なんてたかが知れている。それが当然だという事は、とうの昔に理解した事で。
あらかじめ未来を知る事が出来るというのは、奇跡なのだと知った。
決められた運命を、その未来を変えられるかもしれない可能性があるだけで、それは奇跡なのだろう。
その奇跡を起こす機会を与えられた僕がこの世界にいる事は、それこそ、奇跡的な確率だった。
未来を知り、それを変えたい。全てを変えられるとは思わないけれど、少なくとも本当に大切な誰かが夢に出てきたならば、絶対に変えなければならないと。言い訳じみた理由を述べて、変えられなかった悲惨な未来をやり過ごした。
いつも、夢に出てきた人は、僕の目の前で死んでしまう。
どれほどの数、残酷に、卑劣に、望まぬ形に終わるのだろう。
これまで、十中八九、現実は夢の通り、悲惨な末路に向かって進んで行った。
何度やっても――
だから、その夢を見たとき、僕は神様とやらを呪いたくなる程・・・・。
―― 戦慄した。
「何故・・・・っ、何故こんな事をした・・・・!」
その『夢』は、僕の言葉から始まった。
『こういう夢』の中では、『今の僕』は第三者の目線で夢を見ている。
普通なら自分の意志で動くはずの身体は、まるで別の生き物みたいに動かされる。
その感覚で、僕はそれが『いつもの夢』だと気付くのだ。
その夢の中の『僕』は妙に真剣で、悲しそうで、明らかに誰かに対して何かを訴えかけている。
その時の僕が誰に言っているのか、視界が黒くて分からない。
『こういう夢』はいつも、僕がいつか何処かの僕と同じ目線で見ている。そしてその夢に登場する『僕』は、いつだって僕がいる事に気付かない。
僕が『未来の僕』に憑依する。それは、僕が『未来の僕』の感じた事、聞こえた事、見えた事を全て知る事が出来るということに他ならない。
しかし今回は毛色が違った。いつもならひらける視界が全く見えず、入ってくる情報はそれ以外、においや触覚なども無いのだ。
けれど逆に言えば、音だけは拾える。ラジオを聴いているようなものである。
とりあえず、それは僕の声から始まった。
そして、僕が対峙し、会話しているであろう人物は、未だ全く声を発していない。
「どうして、黙ったままなのさ。僕達は・・・・!」
「―― そんな事は、関係無い」
僕の言葉を拒絶するように、力強く、それは聞こえてきた。
その声は、僕がよく知る人物の声。
あぁ、そうか、だから、僕は見ないようにしてしまっているのだ。
僕が、傷付かないように。
僕が、僕自身の心を守る為に、無意識に。
けど、どうせなら音も消して欲しかったよ、僕。
だって、声を聞けば誰だか分かってしまうじゃないか。
「関係無いって、何だよ。僕は君の事を」
「心配していたのに、か? 余計なお世話だ。心配なんてものは要らない。ただのお荷物だ」
「そんな風に言う事は無いだろ?! ・・・・何で・・・・こんな事をしたのさ・・・・」
こんな事、というのは何の事だろう。視界が黒くて、全く見えない。
何の事を言っているのだろう。
何で僕は、そんなに悲しそうな声で叫ぶのだろう。
どうして?
どうして僕は、そんなに苦しそうなの?
あぁ、暗い。暗い。何も見えない。
夢だから、何にも触れられない。ただその場面を聞くだけの僕は何も出来ないのだ。
今回は特に。僕の知っている『彼』の事なのに、肝心な事が何も分からなくてストレスが溜まる。
この類の夢の中では、夢を見ている時点の僕は第三者。ただその場を見ている事しか出来ない。
『こういう』夢を見る時、僕はいつだって無力だった。
その時どれほどもがいても、夢は夢でしかない。
どの夢も触れられなくて、それに例外は無くて。だから、この夢もいつもとちょっと様子が違うだけで、何も出来ない事には変わりない。
あくまで自分が見ている夢でしかない。その夢に干渉する事までは、僕は許されていなかった。
先程匂わせる程度に言ったが、何も感じないわけではない。夢といってもこれは予知夢の類。僕に関する未来を見せてくれる、未来に起こる決定事項の正夢なのだ。先程も言ったとおり、この類の夢には『僕』が出てきて、それは逆に言えば『僕』がいる未来が見えるという事。
それはつまり、夢を介して未来の出来事を先んじて体験するという事。
その夢の中で僕は、胸が苦しくて、辛くて、身体が重くて、喉が異常に渇いている。
「何故だぁああ!」
そんな胸の苦しさも、喉の渇きも無視して、僕は叫んでいる。
『彼』に、止まってほしくて。
『彼』に、思い直して欲しくて。
・・・・剣を抜く音が聞こえる。
金属同士をこすり合わせるほんの少しの不快な音が、僕の耳を通り抜けた。
僕の住む国は『現在』戦争中だ、剣は持っていて当然の世の中だから、そこはさして問題ではない。この世界には魔法なんていう不思議な力もあるのだから。
ただ、その剣を引き抜いた人物が問題なのだ。他の誰でもない『僕』なのだから。
剣を抜く音と共に、駆け出す音がする。砂利の上? 砂地? 何か硬くて細かい物を踏み、蹴る音がするけれど、やはり何も見えないために、そこが何処かまでは分からない。
妙に風の音が聞こえてくる。それほど大きくないのに、よく聞こえる。
それほどまでに、この場に『僕』が集中している証拠だ。
・・・・剣を握る手が、痛い。
けど、手そのものが痛いわけじゃない。それを握っている僕自身の心が、痛いのだ。
でも、それを無視して走る事が出来ているのは、むしろその痛みから目を背けようとしている証拠。
僕自身の事だから、不思議と分かってしまう。
そしてそれが、今の自分では理解しきれない感情である事を知る。
悲しくて、辛くて、痛くて、苦しくて。
なのに、何処と無く嬉しくて、楽しい。
この感情は何だろう。
この感情に、名前はあるのだろうか。
・・・・残念ながら、僕は、そこから先の未来を知る事が叶わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます