7-15

 「この……こんなミミズののたくったのが、なんだっていうのよ!」豪語したシトリンは宙に飛び上がり、縦横無尽に次々襲いかかるローズドラグーンを、筆舌に尽くしがたい柔軟な身のこなしでかいくぐる。ローズドラグーンの飛ぶ速度より、シトリンの機動性の方がわずかに、だが明らかに上回っていた。彼女は一気にドラグーンから距離を取り、地上に立つゆきのの懐に飛び込むと、拳を振り上げた。「これでどう……?!」


 だがゆきのは手にローズナギナタを持っている。ゆきのは、右手を振り上げて向かってくるシトリンの、死角になる左斜め下から斬り上げた。とっさに避けようとするシトリン───速度が緩んだところへ、彼女を執拗に追いかけていたローズドラグーンが背中からすべてぶち当たる。


 リーチのない殴打をしようとすれば、間合いを制することに秀でたナギナタという武器の前では、どうしても、いったんかわす、受けるといったアクションが必要になる。それがドラグーンの格好の的になった。


 何度攻撃しても、角度を変えて攻撃しても同じだった。ローズドラグーンの追尾能力とナギナタの可動範囲とが組み合わさったとき、彼女に近接攻撃を仕掛けることは事実上不可能になっていた。ほぼ真後ろから殴りかかっても、ゆきのはわずかに手首を返すだけで、石突を使ってシトリンの攻撃を受け流した。


 「この……」続けざまに放たれるローズドラグーンをさばきあぐねたシトリンは、今度は、追われたままの状態でゆきのに真正面から突っ込んでいった。そして、牽制に繰り出された突きを食らうその直前、ぎりぎりまで接近した後に突然ワープし、そのままゆきのの至近距離それも死角に出現した。「いただき!」


 その場所は、もしローズドラグーンがシトリンを最短距離で追尾しようとすれば、ゆきのの体の存在する場所を通過しなければならない位置だった。つまりシトリンは、ドラグーンをゆきのに命中させようとし、かつ自らが死角から攻撃することを狙ったのだ。


 だがゆきのはその動きをほぼ読み切っていた。このときの突きは、小脇から片手だけで行われていたことにシトリンは気づいていなかった。もう片手に持ったローズショットから、ドラグーンを迎え撃つようにローズマグネガンが放たれた。……それは迎撃のためではなかった。


 「斥力最大!」ゆきのの声と同時にローズドラグーンが弾かれるように外側に軌道を曲げ、「極性反転! 引力最大! スウィング=バイ!」続く声に反応してマグネガンに引き寄せられる。今までの動きからはとうていありえない急激な加速と軌道変更が生じ、マグネガン本体とそしてゆきのの体を回り込んで、ワープアウトから殴打のモーションに入っていたシトリンの体に命中した。「な……」動きを止めてしまったシトリンの体に、今度は両手でしっかりと構えた渾身の袈裟斬りが入る。


 「マグネガンにも改良が加えられているんです。───そう、ドラグーンの軌道コントロールができるように」彼女は簡単にそう口にしたが、この軌道計算は紛れもなくホワイトローズのインテリジェンス能力にしかできない芸当だった。「もう、あなたに指一本触れさせはしません」


 これが彼女の戦い方だ。自らの能力が低いなら、そして彼女の役割が情報解析を主とするなら、ホワイトローズの戦闘力は、「相手に攻撃させない」を目的とした専守防衛で十分なのだ。まして接近戦専門のシトリンに対する戦闘方法は、自ずと決まってくる。彼女のヴァインの強化とは、それを重点に置いたものだった。


 小さな動きとわずかな力で、彼女は弱点を補いながら主導権を握った。ローズドラグーンの攻撃力は小さなものだが、シトリンには少なくない量のダメージを着実に与えていた。


 やがて戦いは終わりを迎える。


 接近すらできない自分にいらだったシトリンは、空間に配置されたすべてのマグネガンがちょうど効力を失ったところで、ついになりふりかまわない特攻に出た。


 彼女は再び真正面からゆきのに向かっていった。今度は、ダメージにかまわず、ローズドラグーンを全弾体の真正面で受け止めた。ドラグーン命中の衝撃を受けても、可能な限りスピードを緩めず突進し、迎撃しようとしたナギナタの横薙ぎさえも、自らの体で受け止めた。その分のダメージは完全に受けながらも、彼女はそれを腕で抱え込んで封じた。


 「肉を斬らせて骨を断つ、って言うわよね」


 マグネガンはなく、ナギナタは封じられ、今はドラグーンも射出されていない状態、そして、ほぼ密着の間合い───ここならばもう遮るものは何もない。シトリンはもう片方の手の中に、シトリンスターを作り出した。


 「あなたを倒す……倒すの、倒して、クリスタル様に……」


 ───至近距離で、ふたりは一瞬、見つめ合った。


 シトリンの動きが、ふっと止まった。


 「終わりにしましょう、もえぎ」ゆきのが、そっとささやきかけた。そして、攻性粒子をまとわせた手で、ぴしゃりとシトリンの頬を打った。


 それが最後の一撃だった。


 シトリンの目が見開かれた。手の中から、シトリンスターが消える。さらさらと、体が粒子に変わって宙に散っていく。


 ゆきのは、消えゆくシトリンをぎゅっと抱きしめた。「ごめんね……もえぎ……ごめんね……ありがとう……」


 シトリンの口からもほろほろと言葉がこぼれた。「好き……なの。大好き……なの。いやなの、さよならは……いやなの。ゆきの……」


 ゆきのの腕の中で、シトリンの肉体は、四散して消えた。


 ゆきのは、しばらくその場でじっとして。


 それから、ぽつりとつぶやいた。


 「さようなら、もえぎ」

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