7-12

 「バカってのをね、そう簡単にね、思い通りにできるなんて思うなッ! ハァッ!」さおりにはもう何の容赦もなかった。ローズウィップをアメジストの首を絡めると、さらに、滑らかで柔軟な光条と見えたローズウィップに、突然棘を作り出す。アメジストの首を深く刺し貫いた。


 「ぐ……」アメジストの顔が再び歪む。


 さおりはその状態からウィップを振り回し、今度は回転も上乗せして再びアメジストの体を地面に叩きつける。攻性粒子の棘はもちろん出たままで、衝撃でさらに深く深く食い込ませる。そのまま何度も、何度も、地面に叩きつけた。


 もともと───初めて戦ったとき、シトリンを凌駕するスピードを見せたときからわかっている。あたしたち四人の中で、最もポテンシャルが高いのはピンクローズだ。人間としての肉体が最も健康で、背も、スリーサイズもいちばん大きいからだろう。ゆきのの体は病に冒されていたから、能力が劣ることになったのだとサンフラワーは言っていた。なら、逆もまた真。


 アメジストは、愚かなことに、そう簡単には本気を出さないし出せないキャラクターに、あっさり本気を出させてしまった。しかもアクセスデナイドは破壊され、アメジストクラックスも効力がない。どんなに強がったところで、シトリンと違って戦闘用に特化された精神体ではないアメジストに、もう勝ち目はなかった。


 アメジストは、最後の賭けに出た。ウィップに振り回されながらも、自らの指先を激しく動かし、コピーを操作するときのしぐさをした。驚いたことに、彼女の指先が割れ、中からさらに細い指のようなものが何十本も飛び出していた。それらの指が、いっせいに虚空のキーボードを叩き始める。


 「アメジスト・ユビキタス!」


 叫ぶと同時に、さおりを中心とした辺り一帯に、大量のちびエイミーが現れた。ちびエイミーはさらに自分のコピーを作り出し、そのコピーはさらにコピーを作り、自己増殖を繰り返していく。やがてその空間を埋め尽くしそうなほどの、膨大な数のコピーがさおりを取り囲んだ。そして、そのすべてがてんでに武器を振りかざして襲いかかった。数にまかせた絶え間ない攻撃……さおりはアメジスト本体の首からウィップを解くと、群がる小蝿を追い払うように振り回したが、コピーの数が多すぎてまったく効果がない。


 一方で、指先をゴーゴンの髪のように振り乱すアメジストの管理は完璧だった、百、千、いや万にも及ぼうかというコピーすべてが、統制の取れた動きでさおりに襲いかかっていた。しかし、なにぶん数が数なので、巣に侵入したスズメバチをミツバチが蒸し殺すときのように、たださおりの周りに群がり、団子状のヒトのカタマリができているようにしか見えなかった。


 「これで逆転よ……! しょせん一対一なんて賢明な策ではないわ。非効率的ではあるけれど、数で勝る側が有利に立つのは自明の理……!」


 だが、その中心にいて、大量のコピーからの間断ない攻撃を受けながら、さおりはうろたえていなかった。むしろ、ひどく頭が冴えていたという。


 「おんなじ人間がそんなにいて何になんのよ」


 ヒトのカタマリの中で、自然と漏れ出した言葉。


 「あたしはあたしがだいすきだっ!」ヒトのカタマリの中心部が、白く光る。それは、ピンクローズ最強の攻撃手段。「ローズ・ヘイロー!」


 さおりのヴァインに秘められたソーンは、ローズヘイロー。自らの身体を中心に、攻防兼用で三六〇度に放たれる、攻性粒子の光輪。白い環状の光は瞬く間にその直径を増し、彼女の頭上、足先にいた数体を除いて、ほとんどのコピーをその輝きの中に飲み込んだ。作りものの肉体は何の抵抗もできず、粒子となって光の中に溶けていく。


 大きく手を広げたさおりは、恍惚として、とても優しい瞳で、広がっていく輪を見つめていた。


 その様子を、アメジストは一瞬おののきながら見つめ───「……なぜッ! なぜあなたみたいな人間に」だが、彼女の声はそこで途切れた。彼女の体も、ローズヘイローに飲み込まれていったのだ。


 すでにローズウィップにさんざんに痛めつけられていた彼女の肉体が耐えられるわけもなかった。その体は粒子となって虚空に散り、アメジストの存在は地球上から消え去った。


 さおりがローズヘイローの恍惚から戻り、我に返ったのは、それからしばらく経った後だった。辺りを何度か見回し、戦う相手がいなくなったことを確かめて、ぷぅ、と大きく息をついた。


 そして言った。


 「やればできんじゃん、コレくらい、あたしにだって」

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