7-13

 ゆきのはナギナタを振りかざし、シトリンに斬りかかった。上下、斜め、横薙ぎ、突き、前に出ながら、次々と斬撃を繰り出す。とはいえ、まだ扱い始めて二週間足らずの素人だ。見よう見まねの基本形と、あとはほとんど我流で振り回しているだけに違いない。


 シトリンは、バックステップして、その打ち込みをかわした。まだ、なぜ自分が襲われているか理解していないようで、反撃をする素振りさえ見せなかった。精神体は、簡単なきっかけで行動不能に陥る……ローズサイコパスなしでも、ここまで可能なのだ。


 「もえぎ……」ゆきのはいったん攻撃をやめて、シトリンを見据え、叫んだ。「何をしているの? 戦いなさい! さぁ、早く!」


 「なぜ……? なぜ、わたしとあなたが戦うの……?」


 「あなたが、私の戦うべき敵であり、そして心から愛する友だからです!」


 「わかんないわよ! わたしは、あなたと戦う気にはなれないの! これからもあなたとだけは、絶対に戦わない!」


 シトリンはそう言い切ってぷいと横を向いた。ゆきのは目を伏せてしばらくじっとしていたが、やがてぽそりと声を発した。短い単語だったが、それがシトリンの聴覚を引き裂いた───「用済み」


 「え……」


 「あなたはもう用済み。もしクリスタルが勝って、地球から無事去ることができたとしても、あなたはもう用済みなんでしょう? 上位精神体であるクリスタルに消されてしまい、もう二度と存在できない」


 シトリンがはっと顔を振り戻し、オレンジ色のゴーグルの向こうで、目をいっぱいまで見開いた。


 「だってあなたみずきさんに負けたのでしょう? 戦闘専用の精神体が戦闘で負けたのだから、大失態よね」


 「あのときは……あのときは、ちょっと油断しただけよ」


 「本当にそうでしょうか。私がローズフォースの中の欠陥品であるように、あなたも欠陥品ではないのですか。私たちはもしかしたら、……補い合おうとしていたのではないですか」


 ゆきのはシトリンに、訥々と語りかけた。口調は静かだったが、シトリンは体をぶるぶる震わせ始めた。何も、反駁できなかった。


 「あなた、フライングローズでみずきさんと戦ったとき、走るみずきさんにショットを命中させられませんでしたね? あれは、当てなかったのではなく当てられなかったんでしょう? それでも弱い相手のとどめにショットを使おうとするのは、上達したいから? 弱点を克服したと、誰かに誉められたいから?


 今までに得られている、あなた自身やサンフラワーさんの作ったコピーの性能のデータを何度も確認しました。あなたは、戦闘専用の下位精神体でありながら、間接戦闘能力に問題がありすぎる。いいえ、間接兵器の援護を受けることを前提に作られている。違いますか?


 たとえば───ローズムーンベースの防衛。クリスタルが反目する前、ブルーローズと月にいた頃にあなたは作られた。基地の中なら防衛用の砲はいくらも備えられるでしょう。でも異星人の侵入などに備えて、臨機応変に動ける白兵戦仕様の戦闘要員が必要だった。だからあなたが作られた。


 そしてあなたが学校に来た理由。それはあなたが牽制や警戒の任務を与えられたからではない。逆ですね。何の任務も与えられなかったのでしょう? あなたは、鈴木商事における資源獲得のプロジェクトに関わることを許されなかった。


 なぜならクリスタルにとって、月を離れ、ブルーローズを排除した時点で、あなたはもう必要なくなってしまったから……」


 聞けば聞くほどにシトリンの体の震えは振幅を増し、ついに膝を折った。


 「あなたが今ここにいられるのはクリスタル様の慈悲によるものでしょうか? それとも、ただ消し忘れてるだけかもしれませんね。


 あなたは用済みです。


 あなたは、クリスタルの気まぐれで、いつその存在を抹消されてもおかしくないんです」


 「言うなーーーーーーっ!」


 シトリンはついに絶叫した。


 ゆきのの淡々とした口調が、シトリンを苦痛に追いやっていた。落ち着いて、まじめにひとつひとつ並べられる言葉が、冷淡で悪意に満ちて彼女を引き裂くのだろう。


 シトリンが感じている、いつ消されるかしれない恐怖感は、人間でいえば死の恐怖に近い。ゆきのは生前それをずっと感じ続けてきたはずだ。


 ゆきのはそこで生まれる疎外感を味わうことがどんなに辛いか、百も承知だろう。その疎外感に人を突き落とすことがどんなに罪深いことか、あの優しいゆきのが、本心からそんなことできるはずがないんだ。ひとつひとつの言葉を口にするたびに、シトリン以上にゆきの自身が傷ついているはずだ。傷つきながら、悪意の言葉を口にする。この心情が、精神体シトリンにどこまで理解できるだろう。


 膝をつき、地面を食い入るように見つめ、口をだらしなく広げたままで、茫然自失とするシトリン。……と、ゆきのの口調が突然変わった。


 「ねぇシトリン? 友達のあなたに教えてあげる。あなたが消されなくてすむ方法、たったひとつだけあるのよ」シトリンはばっと顔を上げ、ゆきのを食い入るように見つめた。「それはね、私と戦って勝てばいいの。戦闘で役に立つのが戦闘用下位精神体なんでしょう?」


 「でも、そうしたら、あなたが……」


 「私は精神体じゃありません。ただのクラス7オブジェクト。もし壊れても、サンフラワーさんがすぐ直してくれます」ただの、だなんて、ゆきのも心にもないことをよく言ったものだ。「だから遠慮なく、戦って。そして勝って。それだけが、あなたの存在価値を少しでも高める、唯一の方法。私はあなたの友達だから、あなたにいつまでも存在し続けてもらいたいんです!」


 ゆきのはナギナタを構え直し、切っ先をシトリンに向けた。


 「そう、そうなんだ、ありがと、ゆきの、ありがとう……」シトリンが、まだよくわかっていない表情のまま、ふらふらと立ち上がった。しかし目には、ゆきのが友人であることを認めた悦びと、わずかに狂気をはらんだ戦闘の意志が芽生えていた。「それしか、ないのね……」


 「その代わり」ゆきのはぐっと握りに力をこめた。「私も遠慮はしません」

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