7-09
立ち込める爆煙と、めぐみのヴァイン発動を背後にして、あたしは飛ぶ方向を真上に切り替えた───地面と垂直に、はるか天高く昇っていった。
上昇する円盤はそんなに速くなかったが、次第に速度を上げているようだった。あたしはどうにか追いつくことができ、その上面に飛び乗った。
円盤は皿のような、より正確にいうなら、理科の実験に使うシャーレのような形状をしていた。そのへりはくるぶしほどの高さしかなかったが、内側にはしこたま貴金属が詰まっていた。多くは、金だった。延べ棒。金貨。宝石。鉱物の原石。雑多な貴金属が、満月の光を受けてきらきらと山吹色の輝きを見せている。これが、……全宇宙が渇望する、物質群。ばかばかしくも思えたし、すんなり受け入れられそうな気もした。
世界中の子供たちの心の中に詰まった海賊の財宝をすべてひとところにぶちまけたら、こんなふうにもなるのだろう。けれど、夢見がちな少年少女はこの世にあふれているのに、ここにピーターパンはいない。誰も手を叩かないまま、ティンカーベルは息を引き取る。海賊だけが、のさばっている。
じゃらじゃらと音をさせて、金貨を鋼のかかとで踏みにじりながら、歩を進める。
我らがフック船長、クリスタルは、そのど真ん中で革コートのスタイルで大の字に寝転がっていた。足音が聞こえたのか、寝たままでこちらを見た。
「レッドローズ……か」ゆっくりと、体を起こす。「もう来たのか───回復が早いな。サンフラワーご謹製はやはりひと味違う」
「悪いね。もうぴんぴんしてる」
「無粋な邪魔をさせんようにと、アメジストたちには言ってあったはずなんだが、さぼってやがんのか?」
「いいや。あたしの仲間たちと、戦っているよ───無粋なのは、金ぴかの上で寝ているてめぇの方だろう」
昔話の中で主人公は、金銀財宝を手に入れて戻ってくる。それは、感情移入する子供にとって、旅路の果てに得た変化に違いないのだ。それを奪い去り、この星から持ち出そうとする者がいる。持ち出してどうする? 誰かにサラリーとして手渡すのか。そして、あたしたちの変化はコントロールされるというのか。
「迷いは消えたのか?」クリスタルは、じゃらりと音を立てて立ち上がった。
「あぁ───そうだ」
クリスタルが作った金ぴかの円盤の上。今日は満月だ。月の輝きが反射して、下から黄金色に照らし出されながら対峙するあたしとクリスタル。円形のフィールドの上である点だけ、フライングローズでの戦いに似ている。
「命乞いに来たわけではなさそうだな」クリスタルは言った。「もう時間が欲しいなんて泣き言は聞かないぜ。おまえがここに来たってことは、ブルーローズの犬となって、地球を滅びる日をひたすら待つことを選んだわけだな」
「そうじゃない、あたしはそんな大それたことを選ばない。ただ、あたしは今、あんたを真っ向から受け止めることができるようになった。
そしてあんたを拒否する。あんたに従わないと決めた。あんたの言葉にコントロールされないと決めた」
あたしはできるだけ声を落ち着かせ、脳裏にゆきのの、さおりの、めぐみの笑顔を思い浮かべながら答えた。
「クリスタル。ロウシールドが破壊できる存在であることを教えてくれてありがとう。それにはとても感謝してる。でもそれは、あたしの世界にとって必要になったときに、あたし自身がやる。あんたの力は借りないし、口車にも乗らない」
「誰の力も借りずに、独りでできるとでも思っているのか?」
「思い上がった誰かに躍らされるよりはマシさ」
「なら、滅びるぜ、この星は。それでもいいのか?」
「わからない。そんなたいそうな判断は、あたしには背負えない。
それでもこれだけはいえる。地球の運命が変わり、滅亡の危機が去ったとしても、それはあんたの言葉が偉大だったからじゃない。そんなことには絶対にさせない。あんたかあたしかふたつにひとつなら、世界を本当に変えるのは、あたしの奥底の単純な感情だ。
あたしはあんたが嫌いだ。あたしはあんたを拒否する。それがすべてだ!」
「それでいいのか。その直情的な回答で本当にいいのか。後悔するぞ」
「後悔してやるとも!」
あたしは叫んだ。
「新たな時代、よりよい社会、希望に満ちた明日、我らの素晴らしき世界、まとめて願い下げだ。そんなお題目を正面切ってぶつけてくるヤツらに従うくらいなら、後悔を選ぶ。手に入れたい未来は確かにある、だけどその未来が、聞こえのよい概念のカタマリでしかないのなら、それは打ち倒すべき怪異だ。『未来は必ずやってくる』という確信さえ疑わしい。
誰かと誰かがつながって世界なんだ。あたしたちに見えるもの、触れるもの、その連鎖が世界であり地球なんだ。何十億という魂がすべてつながってできた立体に過ぎないんだ。それを、唯一にして果てしのない豊饒のガイアにした瞬間、その上に乗る何もかもがフィクションになる。あたしは、そんな虚像で心をもてあそぶ者を許さない!」
ゆきのの笑顔を思い出す。彼女は、あたしに必要なフィクションだった。彼女がいてくれたから、あたしは、真実のような顔をして近づいてきたフィクションを否定できる。
「あたしの心は決まった。
サンフラワーが言ったとおり、もし地球が滅びるならそれは地球生命そのものの問題だ。あたしたちは、その無限にも近い連鎖にささやかに参加し続ける。死者にとってそれはマヤカシでしかないかもしれない、それでもかまわない。
あたしはこの殻を守る。内側から殻をつつく音がして、いつか孵化することを永遠に信じ続ける。外側からの無責任な言葉のすべてを拒み、確かな言葉だけを注意深く通過させる」
「いいだろう。ならばそのひたすら内側に向けられたうぬぼれの妄想に、貴様を突き落とす。その中に望みなどないことをはっきりさせてやる───Brilliant Crystal Power!」
クリスタルが変身し、戦闘形態となる。下から照らし上げられる黄金の輝きに、その透明な体が染まった。
あたしは思わない。その透き通る姿が美しいなんて絶対思わない。水晶は、火山活動の終末にできる冷え切った死の結晶。
あたしは肩の薔薇飾りに手を当て、ローズサイコパスを取り出した。あたしはその長い光の刃を握り、そして、しばらくその飾りに手を当てたままでいた。
そうさ───あたしたちだって、二度と枯れることのない、不自然極まりない、棘を持つ危険な薔薇だ。でも、真っ赤な花弁に露をたたえ、つむじ風の中に散らなければならないのが薔薇のウソツキな宿命なら、少なくともあたしたちはそこからは逃れている。
あたしたちは、永遠にはびこるつるばらになる。つるばらは、支えある限り、天を目指して
───クリスタルが、最後通牒を突きつけてきた。
「交渉は決裂した。貴様はただの妨害者だ。俺の前から今すぐ消えろ。さもなくば、その脳みそごとまとめて潰す」
あたしは応じた。
「逆だよ。あんたが消えるんだ。今すぐ───今すぐ! いつまでもあたしの前に立ちふさがってんじゃねぇよ!」びりびりとあたしのハートが震えている。「さぁ来いよ、弱くて役に立たないヤツは殺すんだろ、今この場所にあたしより弱い存在はいないぜ!」
すべてはあたし個人の物語に帰趨した。クリスタルの目指す、地球を逸脱したヒロガリからあたしは断絶された。あたしが本当に願う連鎖につながるために、そして愛すべきその連鎖を守るために、───あたしはクリスタルに立ち向かう。
うつむけばつらくなる。前を向けば楽になる。
そして、誰かがそっと背中に手を触れてくれたなら、つらくても自然と顔が前を向く。
今、あたしは、手に、肩に、背中にぬくもりを感じている。
さおり。めぐみ。ゆきの。
感謝してる。
あたしに力をくれて、ありがとう。
あたしは、あなたたちの背中を押しているのかな。そうだと、いいのだけれど。
さぁ行こう、
目を背けるな。睨みつけろ。神経のたかぶりの、ひとつひとつを確かめろ。
ただひたすらに、湧き上がる力に歓喜せよ!
「Climbing, Red Vine!」
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