7-05

 あいにくサンフラワーはヴァインを作るので精一杯で、新しい武装オプションを準備する余裕はあまりなかったようだ。


 着替完了、部屋から出てくると、あたしはいつもの革ジャン、さおりとゆきのはそれぞれの制服だった。訓練でも実戦でも使っている着慣れたものだ。めぐみだけは普段着のトレーナーだが、クラム戦の朝に着たのとは若干柄が違って厚ぼったい。あれは初見だな。


 それから、あたし以外の三人は、ポーチを小脇に抱え、学生鞄を両手で体の前に持ち、ランドセルを背負っていた。ヴァインだ。


 初めて戦ったときと同じように、スポットライトに抜き出されて四人が並ぶ。もう、不自然さへの恐怖はない。むしろこの薄暗く背景のない空間に、ヤンキーとOLと女子高生と小学生が、威風堂々、自信満々で居並んでいる光景が、不自然といえば不自然だろうな。


 「準備できたようですね」


 あたしたちの前にサンフラワーがワープアウトしてきた。


 「決戦の場所がわかりましたのでお伝えしましょう。鈴木征功邸です。彼には同居する家族がいませんが、富豪としての威を張るために世田谷に広大な敷地の一軒家を所有しています。クリスタルが地球外に運び出そうとする物資も、ここに集められていることを確認しました」


 「あー、あたしもしかしたら一枚くらい送り状書いたかも」さおりがとぼけたことを言う。……宅配便かよ!


 「鈴木征功邸から地球外までは、地球物理の範疇を超えたシステムを使うはずです。我々はかねてからの狙い通り、搬出を叩きます。繰り返しますが、最初で最後のチャンスです。気を引き締めてかかってください。……ではゆきのさん、作戦の説明を」


 「はい」


 あたしが修復されている間に決まった作戦を、ゆきのが説明してくれた。とはいっても難しくはない。あたしがクリスタルに突っ込んでいく間、めぐみがモーリオン、さおりがアメジスト、ゆきのがシトリンを封じる。


 ゆきのはシトリンと戦う覚悟をすっかり決めていた。サンフラワーとのやりとりを知ったのは後の話で、そのときの彼女にはすでに悲壮さも深刻さもなく、それが意外で拍子抜けしたのが正直なところだった。


 そうなると、さおりとアメジストの組み合わせの方が気になってくる。「スピードは追いつくとして、あのアクセスデナイドとクラックスは難物だぜ?」あたしはさおりに尋ねた。


 「ラクショーラクショーあんなの」さおりは簡単に言い切った。「だいじょーぶよー、リフレクター持ってくし、あたしもこれでちゃんと考えてんだから」


 「考えるって……いちばん縁遠いことを」


 「バッカにしてー、もぉ」さおりは口を尖らせたが別に怒っているふうではなく、逆に、あんたはどうなのよとあたしの額を指でつついた。「とにかくあたしはワープさせなきゃいーっしょ、チガう? ヒトのことより自分の心配が先でしょ!」


 「そうです」サンフラワーが言った。「勝算を気にしなくてはいけないのはあなたですよ」


 まぁ、そりゃそうだな。「とにかく一撃入れればいいんだろ。なんとかする」とはいっても、全身全霊をかけて突っ込む、みたいなジャンプ漫画のノリじゃあ、五時間前の二の舞だ。あたしは腕を組んだ。「何か策があるのか、ヒマワリ?」


 「そういえば、弱点があるかどうか調べるとか、先ほどおっしゃってませんでしたか?」ゆきのもサンフラワーの顔を見た。


 サンフラワーも腕を組み、微妙なことを言った。「あるといえばあるし、ないといえばないです」


 「なんだそりゃ?」


 「クリスタルが少しばかり奇妙な動きをしているのに気づきました。一撃与えるヒントとして生かせるかどうかは、みずきさんにかかっています」


 「わかった。教えてくれ」


 「それはワープです。彼のワープは、消えてから現れるまでが異常に速いんです」


 「そんなの知ってる。今頃気づいたのか?」あたしが訝ると、サンフラワーの答えはこうだった。


 「もちろん、速いのはずっと知っていましたよ。今回はっきりとわかったのは、それが異常な・・・ワープであることです。僕の知るワープの理論に照らし合わせてみましたが、あんなに速く完了するはずはないんです。理論上は、ワープする距離が同じなら、体の小さいシトリンより速くはなりません」


 そういえば、フライングローズ上に現れたときやシトリン戦の時は、あいつはじんわりと現れ、ワープ完了がものすごく遅かった。あのときの方が、距離によるタイムラグも含めて正常な・・・ワープだったということか。タイミングが尋常でなかったから、とてもそうは思えなかったけれど。むしろ産廃や渋谷で見せたワープの方が高速すぎたわけだ。


 「つまり、ヤツは通常のワープと高速なワープと二種類持っている。で、高速ワープは理屈に合わない異常なものだと……じゃあ何か、高速ワープを出させないいい方法があるのか?」


 「逆です。彼が高速ワープを出すように仕向けてください」サンフラワーの言葉は少し意外なものだった。「彼は、ワープにおける重要な、本来なら必要不可欠なプロセスを省いて速度を上げているのです。そうとしか考えられない。だとすれば、必要なものを切り捨てた彼の行為には何らかのリスクが伴うはずです。


 推測ですが、自身のワープ能力がそのようなリスクを含んでいることに、彼は気づいていないのでしょう。気づいていたら、自分だけがそのリスクを負っている事実をさらしたりするでしょうか。


 むしろ彼は、自分が他人よりワープが速いことを誇示しているフシがある。彼は自分が造物主になるかのように振舞っていますが、結局、自身がどのように造られているかさえ理解していないんですよ。彼にしてもブルーローズ様にしても、無から生じたはずはないのに」


 「なるほど……クリスタルは、壊れやすいってのに改造車に乗りたがるえぇカッコしぃってワケね。どこが壊れるかいつ壊れるか、クリスタル本人にはわかっちゃいない。それを見極め、弱点として利用できればあたしにも勝機がある、と」


 「そうです。それをつかめただけ、渋谷での戦いには十分な価値がありました。……彼がそういった自分の弱さにもっと自覚的であったなら、我々はおそらく、戦わなくてもよかったのでしょうが。今は利用させてもらいましょう。


 ……僕が現時点でみなさんにできる忠告と支援は、ここまでです」


 「わかった。ありがとう」攻略のヒントまで伝授してもらったのだから、もはやそれ以上の言葉はない。……と思ったが、あれ? 今回の戦いは、クリスタルを捕らえる唯一のチャンスとして最初から予定のうちだったはずだ。切れる手札はすべて切ってしかるべきだ。「ヒマワリ、あんたは出てこないのか? もしかして見てるだけ?」


 「僕ではクリスタルに太刀打ちできませんので」サンフラワーは答えた。「ですから、あなた方に追加支援ができるよう行動します。間に合うかどうかわかりません、あまり期待しないで待っててください……さて」


 サンフラワーは指をぱちんと鳴らした。


 「そろそろ、行きましょうか」


 今度は、壁と天井がまとめてふたつに割れて、音もなくゆっくりと開き始めた。初めて変身したときと同じ動きだ。あのときと同じように上甲板に立ち───そして今宵、あたしたちを照らし出すのは、中天にさしかかった満月の皓々たる輝き。


 甲板の向こうには、影ができるほどの月明かりと街の灯りが入り交じる夜の関東平野が、薄ぼんやりと広がっている。高度三〇〇メートルくらいの中空、ロウシールドの中を、フライングローズは少しずつ高度を下げながらゆっくりと北西へ進んでいた。電車が東西へ繁く行き来しているのは、あれは小田急か。ならばもう、目的地は近い。


 サンフラワーの白衣の裾が揺れている。あたしたちの髪がなびいている。クリスタルのコートとは違い、大気に満ちたこの場所に、本当に風が吹いているから。


 「───決戦です。この星の未来を弄ぼうとした者に、罰を与える時が来ました」サンフラワーは小さく敬礼した。「我が愛すべきローズフォース───武運を祈ります!」


 あたしは大きくうなずいた。それから、仲間たちの顔を見回す。OK、いつでもいいよと、目が答えてくれる。あたしはもう一度うなずき、しっかりと前を向いた。一発、頬を両手でぱぁんと叩いた。……うん、いい音。


 そして高らかに宣言した。


 「───行くぞみんな! Blooming up, Rose Force!」

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