7-04

 サンフラワーの説明にも、どことなく力がこもっている。


 「我々精神体にも、唯一物理的に捉えられる部分があります。人間の発する脳波に類するもので、精神体は、ある種の微弱な波動を常に外部の空間に放出しています。もっとも、結局は電位変化を検出している脳波と違い、その実質は地球の物理学の範疇にはありませんがね。


 ローズサイコパスは、使用者の持つ同種の波動を、発散させないよう攻性粒子で包み込んで内部で乱反射させています。攻性粒子を含みますから非変形のローズアームズとしても使えますが、本懐は、攻撃が一度でも命中すれば、自身の波動によって対象の波動に干渉し、相殺することにあります」


 「そうすると、どうなる?」あたしはそれを受け取ると、軽く手首を返して振ってみた。すると、ヴン、と音がして、コショウ瓶の両端から白い刃が飛び出した。あたしの魂に、呼応するかのように。


 「対象の思考を抑止します。思考しない精神体などゴミも同然です。そうなれば、他の精神体が捕獲して管理できるようになります」サンフラワーはきっぱりと言った。「精神体は権利を奪うことでしか殺せませんが、行動不能にする、という解もあるんです」


 槍───ではないな。両端が尖っている棍、あるいは法具の独鈷というのが近いらしい。手の中でバトンのように回してみる。もう一度握り直す。握ったまま念じると、三メートルくらいまでならば、刃の長さを自分の意志で自由に変えられることがわかった。


 ……何よりも手になじむ感じがする。孫悟空も如意棒をこんな感じで持ったのだろうか。───如意棒、か。これが西遊記であるならば、戦うべき相手はさしずめ、釈迦如来。偽りの世界の果てを見つけさせて、牢獄に閉じ込めようともくろむ、逆らうこと能わぬ善意。


 ローズサイコパスを持つ手をぐっと前に突き出した。あたしは───戦える。


 「つまり、これがあたしの精神の波動なんだな」


 「そうです。みずきさんが眠っている間の精神、夢うつつの狭間で千々に乱れる感情、苦悩、葛藤、そういったものを抽出し解析した結果算出された、あなた自身の固有波動。ローズサイコパスには、それが必要なんです。


 理科で習いませんか、『波を重ねる』ことで干渉は実現されます。単純な物理運動とは異なり、僕の想定では、逆位相の波動の干渉によって、その波形のいかんによらず、双方ともに振動そのものが抑制されます。ここポイントなんですが、言ってる意味がわかりますか?」


 「……あたしは物理は」あたしは苦笑した。でも、そんな感情が出せることが喜びであり武器であることは理解していた。だから、サンフラワーの教えてくれた答えも、すぐに納得がいった。


 「ローズサイコパスは、使用した側にも同じ影響が及ぶんです。つまり、精神体には使えないんです。精神体が使うと、対象と同じように行動不能となり、共倒れになるんですよ。


 みなさんは人間であることを、脳髄に肉体の記憶が息づいていることを誇りに思ってください。ローズフォースは精神を凌駕して稼働します。心が悩み、苦しみ、葛藤に陥っても、あなた方の体は動くはずです。精神と精神がぶつかり合い、激しい不協和音を呼び起こすとき、精神体はすべての活動を封じられます。でもローズフォースはそうではないんです。


 そしてもうひとつ、この武器は、今すぐ使われねばなりません。クリスタルたちは、今夜地球を逃れます。あなた方の翻意がなく、自らの欲望は地球では満たされないと悟った彼は、もはやこの星に何の興味も未練も抱いてはいません。彼自身が言ったとおり、ひとりの悪党として、この星の資源を奪って逃げます。


 たとえローズサイコパスで攻撃できたとしても、そこが宇宙空間であった場合、移動が自由な精神体は思考停止の前にワープではるか彼方の空間へ逃れてしまうでしょう。ローズサイコパスが効力を持つのは、惑星上だけなのです。今夜が、最初で最後のチャンスです」


 「今夜───、って、今いつだ? あたし、どれくらい寝てた?」


 サンフラワーがぱちんと指を鳴らした。すると天井にあたる部分がぱっと透明になり、フライングローズ上空を映し出す。皓々と月明かり───中天に、満月。


 「今は四月一九日の夜です。みずきさんが渋谷でクリスタルが戦ってから、五時間ほどが経過しています」


 ぱちん。サンフラワーが再び指を鳴らすと、空が消え、サンフラワー自身の姿が消え、白かった部屋もさっと闇に包まれた。何があるのかわからない塗り潰された世界に、間をおかず四つのスポットライトが灯り、あたしたちをその世界に確たる存在として浮き上がらせる。……あたしたちの前には、それぞれ白い扉が現れていた。


 サンフラワーのヒマワリ声がした。


 「さぁ、お着替えの時間ですよ!」


 ……ここまでシリアスに引っ張っておいて、シメがそれかよ。まぁ、いいさ。とにかく、あたしは、もう迷わない。


 あたしは拳と手のひらを叩き合わせ、さおりは髪をかき上げ、めぐみは小さくガッツポーズをし、ゆきのはメガネの位置を直して───それぞれに、扉のノブを回した。

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