6-12

 クリスタルが戦闘形態に変身していく。


 以前に見た透明な中世鎧風の姿───からさらに、両の肩が盛り上がって角のようなものが生えてくる。それは前傾して開口し、長い砲身と化す……あれは、ブルーローズと戦ったときに見せたものだ。


 いきなり攻撃してくるつもりだ。砲身に攻性粒子が集まりみなぎっていく。いわば砲弾が、充填チャージされているのだ。ブルーローズは攻撃される前に撃破していたが、あたしにはそんな余裕はなさそうだ。チャージがあのときよりはるかに速く、奴はすぐにあたしに狙いを定め発射態勢を取った。どうやら時間の長短で、集める攻性粒子の量すなわち威力が変えられるらしく、あたしにはほんの短時間のチャージで十分だと考えたようだ。


 「ファイヤー・クリスタル!」


 クリスタルの両肩から放たれた二本の極太の光線、ファイヤークリスタルがあたしに向かって直進してくる! かわしたが、かすめるだけでもかなりの威力だった。しかもチャージは短時間だ。クリスタルは手を緩めず、その高威力の光線を次々撃ってくる。


 ……あたしは回避に専念した。威力があるといっても、直進するだけの光線なら見極められそうだった。これなら何とか、


 「これなら何とか避けられる、とでも思っているか?」クリスタルは見透かすかのように言うと、新たな技を出してきた。


 「エア・クリスタル!」


 指先で何かを引き上げるようなしぐさ……何が来るかと一瞬身構えたのが逆効果だった。はっと気づいたときには、あたしの足元に光の渦ができあがっていた。台風の衛星写真のように平面に見えた渦は、すぐに垂直に伸び上がり、猛烈な竜巻と化してあたしを襲う!


 あたしは横っ飛びに避けたが、竜巻は渦の伸びる方向を変えて再びあたしに迫ってくる。今度の攻撃はやり過ごすことができない。避けても避けても、ヘビがのたくるように向きを変えて執拗にあたしを追い回す。これは攻性粒子じゃない。ロウシールドの中の気体を本当に回転させているんだ。


 「もう一丁!」余裕の笑みさえ見せるクリスタルは、再び指先で引き上げるしぐさを見せた。あたしの真下にふたつ目の竜巻が現れる。避けようとしてみたが、二手から追い回されてはたまらない。あたしはついに捕まって二重らせんの渦の中に取り込まれてしまった。


 猛烈な回転に翻弄されるあたし。視野がぐるぐる入れ替わって脳味噌がシェイクされてるみたいだった。洗濯機の中の下着もこんなにみじめなのか……っ。


 やがてエアクリスタルの回転が鈍る。助かった、と思うのもつかの間、竜巻はあたしをクリスタルの目の前まで運ぶ手段でもあったのだ。回転が緩んでいく中で、彼の肩の砲口に攻性粒子がチャージされていくのが見える。今までより長い時間チャージされた、最高威力の一発……。


 「ぐ……」


 「あがいても無駄だぜ」


 避けられそうにない……こんな至近距離で直撃を食らったら、クライミングしたって防性粒子を全部持っていかれてしまう!


 「あばよ人間。現実から目を背けて立ち止まっては言い訳する無様な姿!


 俺が敵に回すのは、無為そのものだ! 無為こそが敗北、無為こそが屈服、何もなせぬと思う者がこの世を満たすなら、そりゃあ滅びもするだろうさ! ───負け犬は今すぐ消え失せろ!」


 そのときだ。


 「負けたっていいじゃありませんか!」


 ゆきのの声がし、同時にあたしとクリスタルの間に薄青く火花をまとうバレーボール大の光球が割って入って停止した。


 クリスタルの肩幅はバレーボールより広い。だからそのボールは盾として機能するサイズではない。「ちょこざいな!」クリスタルはかまわず発射した。


 すると、ファイヤークリスタルの軌道が、そのボールから逸れていくように歪んだ。直進するはずだった軌道はそのまま弧を描き、あたしの両脇はるか離れたところを通過していった。


 ……あれは、ローズマグネガンだ。ローズマグネガンはゆきのの制服に組み込まれたオプション武装。自動的に停止し、その周囲に近づいた攻性粒子を、あたかも異極同士の磁石のように吸着し、または同極を近づけたときのように反発する。どちらの動作をするかは射手が選ぶことができる。


 攻性粒子とあらば敵味方の区別なく引力斥力を及ぼしてしまうのが特徴で、これが出ている数秒間は自分たちも自由な攻撃が封じられてしまう。トレーニングで使ったときは、いったい何に使えるのかとサンフラワーを罵ったりしたわけだが、こういう使い方があったわけだ。


 あたしはマグネガンが飛んできた方向を見た。そこに確かにゆきのがいた。……なぜここに? 今日で交渉の期限が切れることをあたしはさおりにしか話していない。まして、この場所が戦闘領域に選ばれたのは偶然だ。だから援護なんて来るはずがない。なのに、ゆきのはここにいる。


 ……彼女の表情は、これまでに見たことのない怒りに満ちていた。


 「負けたっていいじゃありませんか。私たちは死者なのです。永遠の中で、無為や、後戻りや、逃避を繰り返して、何度も、何度でも、敗者になればいいじゃありませんか! 負けるって、すばらしいことじゃありませんか!」


 負けることさえ許されなかった彼女にしか言えない言葉。こめられた想いのたけは、あたしの物差しでは測りかねる。けれどあたしは、その言葉を守らなくてはならないのだと、純粋に理解した。

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