3-06

 ヌガーの身長はざっと見て一〇メートル。ゴミ山の高さの十分の一くらい。全体的に残土で構成された体。洗濯機の拳。鉄筋の肋骨。まるで目玉のように、人間なら目にあたる部分にタイヤが埋め込まれていて、その内部は妙な色でぼんやり光っているが、アレがヤツの命の証なのか、それともなんか奥でヤバい化学変化でも起きてるんじゃないだろうな?


 その目と星明かりとあたしたちのスラスタ以外に、光らしいものは見当たらない。あたしたちはしばらく、距離をとったままヌガーのタイヤ目の妖しい輝きをぼうっと見ていた。


 ヌガーもあたしたちに気がついて、じいっと見つめてきた。タイヤの目とバンパーの頬では表情も出せまいが、敵か味方か判じかねて警戒しているようにも見える。あたしが少し空中を移動すると、その動きを目で追ってくる。やはり、あたしたちを観察しているのだ。


 あたしたち四人とヌガーとが、お互いの動きを観察し合う、しばしの膠着状態となった。サンフラワーはいきなり攻撃していいと言っていたが、ほんとうにいきなり攻撃していいもんだろうか。


 「どうします、みずきさん?」


 ゆきのがささやきかけるようなしぐさをした。あたしの聴覚にも小声で伝わってくる。大きな声を出すとヌガーを刺激すると思ってそうしたのだろう。


 「何か言わなくちゃいけないと思うんだけど」あたしも小声で応じた。「貴様には黙秘する権利と弁護士を呼ぶ権利がある、とか」


 「説得は無駄だとサンフラワーさんが言っていましたよ?」


 「説得じゃなくってさ。決まり文句」


 「『この印籠が目に入らぬか』?」


 「いや、そうじゃなくって」


 するとめぐみもささやく。「どっちかっていうと、月に代わっておしおき、の方?」「なんだ、めぐみはその世代か」「最初のは見てないけど」「えーと、あたしは、Rは見てた記憶がある」なんかどうでもいい話になってきたな。


 「ローズフォースの決まり文句ですか……」ゆきのが腕を組んでいる。やがて思いついたように、いつものポーズでぴっと指を立てた。「募集、しましょう───ごらんの宛先まで住所氏名年齢番組の感想を添えて」


 「マジメな話をしてるんだが」ゆきのがこのノリでは期待薄だ。……映画の一セリフ、てなことだとさおりがわかるかな。いや、あたしもそんなふうに考えてる場合じゃないんだけど。


 「さおり、なんか意見は」


 「キムタク」ぼそっと声がした。


 「あ?」


 「ウチ帰ってテレビ見る~~!」


 さおりは天にも届けとばかりにばかでかい声で叫んだ。あたしらの場合神経に直にくるからマジで脳天に突き刺さる声、どうにもならないとわかっていても条件反射で耳を覆ってしまった。


 うだうだ話なんかしていないでさっさとすませて家に帰りたい気持ちはわかる。だが彼女は、なんであたしらが小声で話していたのかまったく理解していなかったわけだ。───そのバカ声が、そのまま戦いのトリガーとなった。


 洗濯機がさおりの目の前にすっ飛んできた。ヌガーが音声刺激か感情の揺動に反応して、攻撃してきたのだ! よし、これで正当防衛成立ってことで心置きなく戦えそうだ。……それでいいのかな?


 「ナニよぅ、アッブナいなぁ!」すんでのところでさおりは洗濯機のパンチをかわした。攻撃の意図を感じて少しだけ真剣な目になる。


 投げたり発射したりしたのではない。水飴状の腕にくっついている洗濯機を、残土をぼとぼと落としながら振り回して遠心力で長く伸ばし、反動を利用してぶつけてきたのだ。


 鞭か鎖分銅か、あるいはゴムゴムのピストルを彷彿とさせる。ヤツの体は、見た目は水飴だが、弾性という点ではゴムが近い。長く伸ばせば伸ばすほど勢いよく縮んでいく。


 再び洗濯機を、今度は大きく振り上げ、唐竹割りに叩きつけてくるヌガー。しかしそうして攻撃の前兆がハッキリと見えていれば、さおりでなくたって避けることは造作もない。


 「散れ!」


 あたしは叫んだ。これくらいは訓練したのだ、あたしたちはぱっと四方へ散開し、目標を失って洗濯機は地面にどぅんと叩きつけられた。飛び散る土塊、ばらばらに割れて砕ける洗濯機。


 むろんそれでヌガーの武器がなくなったわけじゃない。すぐに水飴の触手を山肌に垂らして新たに一四インチテレビを付着させ、次弾装填完了だ。


 こっちだって黙って見てはいない。あたしは肩からローズショットを抜いて、ヌガーの巨体に一発撃ち込んだ───攻性粒子の光弾が、物理的にもダメージを与えられるというのが少し不思議だが、粒子と粒子の衝突だから当然のことか? まぁ、難しいことは考えないようにしよう。


 的がでかいからはずしようがない。腰に命中してその部分に貼りついていた残土が吹き飛び、ヌガーの体はくの字にくたりと折れ曲がった。が、すぐにその『傷口』からやはり粘着質の触手がにゅるんと飛び出して、足下の手近なゴミや土を持ち上げたちまちのうちに修復してしまう。厄介な能力だ。


 ともあれその間にあたしたちはフォーメーションを整えた。ヌガーのタイヤ目くらいの高度で、東西南北の四方からヌガーを取り囲むように位置する。ヤツの頭上はがら空きになるが、飛んで逃げる能力はなさそうだから、逃げ道を塞いだといえるだろう。とはいえ、囲んでどうなるものか?


 「ナニアレ、げろげろ……」南に位置したさおりが、ヌガーの触手の気色悪い動きを見て眉間にしわを寄せ、なんとも情けない表情をした。


 「サンフラワーさんは鎧をはがせと言っていましたが、これでは……どうしましょうか?」と、北に移動したゆきの。


 「どうするったって、戦うしかないんだけど」あたしは西にいる。


 「かといって、ローズショットでちまちまと撃っていたらきりがありませんよ」


 「結局のところあたしら接近戦がいちばんダメージ入るからな。ローズアームズで切り込んだらどうだ?」


 ドラマの続きを早く見たいはずのさおりが、首をぶんぶんと横に振った。「あんなキモいの、絶対イヤっ」あたしも本音はそうだが、掃除は誰かがしなけりゃしょうがないのだ。


 と、東に回っためぐみが言った。


 「でもさ、最初の相手がこういうので、ちょっとよかったかも」


 「どこがいいのよォ、こんなの~」さおりが泣く。


 「だって」めぐみは答えた。「あれなら、壊せそう」


 なるほど。


 めぐみの言うとおりだ。人型をしているものの、見た目はモノ言わぬ泥人形。表情も感情もないし、理屈もこねない。ヤツを攻撃することに「傷つける」はおろか「価値を損なう」という意識すら持たなくてもいいのは助かる。つまり、ぶっ壊すことに抵抗感が全然湧いてこない。てゆーかとっととぶっ壊したい。敵を目の前にしているのに、さっきからどうも会話が軽口で緊張感が湧いてこないのが不思議だったが、つまりはその恩恵だ。実戦というより、今までにやったシミュレーションの総仕上げ、という感覚でいられる。クリスタルやモーリオンが相手だとこうはいくまい。


 「めぐみ、やってみるか?」


 めぐみは、自らの明確な意志で武器を振るうのは今回が初めてになる。ヌガーを挟んで向こう側ではっきりとうなずく姿が見えた。あたしはうなずき返した。よし、行け!


 さっきあたしが何発か撃ち込んだから、ヌガーはあたしの方を向いている。体の修復を終えたヤツは、複数の鉄筋を槍のように打ち出してきて逆襲してきた。あたしはローズシールドを展開して攻撃を受け流した。


 その背後で、めぐみが肩の薔薇飾りからローズアームズを取り出していた。少し念じると、ローズアームズは、ヘッドの部分が彼女の頭の数倍はある巨大なハンマーへと姿を変える。彼女がいちばん好む形態、ローズハンマーだ。───ローズアームズは姿を大きくしたところで重さが変わるわけではないが、あれっくらい大きくなると体がちっこい方が見映えがいいようだ。


 構えて、ひとつ、深呼吸して。「いっくぞぉ!」宙を滑り、高速で接近するめぐみ。ハンマーを大きく振り上げ、ヌガーの後頭部に思い切りよく振り下ろした。


 「ちぇすとぉぉぉぅっ!」


 ヌガーはその気配に気づいて振り向くのがやっとで、避けることもできず叩き潰された。本体が柔らかいから、粘土のように圧縮されていき、元の半分くらいの大きさになった。体を包んでいたさまざまなゴミが壊れたりはがれたりしてがしゃがしゃと落ちていく。地面にあったゴミまでも、まとめて粉々になっていた。


 「めぐみ、上出来!」あたしは指を鳴らした。


 「でも、」ゆきのは冷静に分析していた。「ダメージを受けた様子はないです」

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