3-05
会話しているうちに、サンフラワーが指示した「ヌガー降下予測位置」に到着した───埼玉と群馬と長野がそれぞれ接する辺りだと思う。さすがに人工の灯りはほとんどない。峠越えの国道を、ヘッドライトが移動していくだけだ。
一方で空を見上げれば、星がびっしりと貼りついている。月は出ていない。これから出るのだろう。
山奥に合宿に行ったりすると、「大自然の神秘」うんぬんを持ち出して星座の神話が語られたりするわけだが、今となっては神話よりも星空の方がうさんくさい───だって、いかなる天体望遠鏡もローズムーンベースを映し出せないのだから。すべては、ロウシールドの作る虚像。
サンフラワーによれば、星々の瞬きに隠れて、地球資源が採掘できる日を待っている宇宙船も多数存在しているはずだ、これも地球から見えることがあってはならない。スペースシャトルからも、ハッブル望遠鏡からも───そこらへんはどういうしくみになっているのだか知らないけど、ロウシールドに手落ちがあるとも思えない。
そのロウシールドが、突然変化する感覚があり、同時に閃光を放つ物体が空を横切っていった。流れ星にしては大きすぎる。飛行機雲にしては速すぎ、まぶしすぎる。くっきりと、後を引いていく。
「隕石……? 近くに落ちる?」めぐみがつぶやく。
「ロウシールドの中を飛んでいく隕石ということは……」ゆきのが言った。
「アルマゲドン?」さおりが脊髄反射で答えた。
「……またアルマゲドンかい。そんなにおもしろかったのか?」
「ぜんぜん?」
たぶんさおりの脳みそにイメージされているような隕石が降ってきたら、とてもじゃないがあたしたちの手に負えるようなものじゃないと思う。ゆきのの話だと、直径数メートルほどの隕石でも、月のクレーター並みの大穴を地面にぶち空ける可能性があるそうだ。これが物理学の問題なら、空気の摩擦はないものとして初速Vで重力加速度Nでえーっとあたしは物理は選択しなかったんだ。いずれにせよとんでもない速度と衝撃であることは間違いない。
しかし、その物体は引力に従わず、少しずつ速度を緩めながら地上に降下していった。自由落下でなく降下、そのことが隕石などでないことを物語る。
間違いない。あたしたちは光の軌跡の方向へ進路を変え、降下地点へ向かって文字通りすっ飛んでいった。
降下地点にたどり着いた。クレーターはなかった。見事な着地だ、満点だ! 何しろそこには、穴じゃなくて、山があったのだから。
星明かりだけの闇夜、山襞から、木々の生えていない奇妙に小高い峰が覗いている。絵に描いた富士山のように頂上が平たく、人為的に均されているように見えた。その平坦な広場に、黒く蠢いている物体があった。
あれがヌガーか? あたしは目をこらした。するとあたしの視覚が高感度カメラのように明るく補正された。……便利なもんだ。暗いとトリ目で戦えなくなるサイボーグなんてのも間が抜けた話だからそれくらいの機能はあるべきだと思うが、しかしおかげで、周囲の様子も目に飛び込んできた。できるなら見たくなかった光景だった。
ここは───。
「エーッ、シンジランナーイッ!」さおりが絶叫した。「あたし帰るゥ!」
「戦闘形態には、嗅覚が再現されてなくて、幸いでしたね」ゆきのが言う。
「そ、そういう問題?」めぐみがあきれる。
小高い峰に見えたものは、ゴミの山だった。おそらくは無認可の産廃処分場。頂上が均されているのは、そこから谷底に投棄するためだ───うまい具合、そこまではトラックで登れるようになっている。
ゴミ山の山腹は、残土、がれきを主として、古タイヤ、リサイクル法逃れの家電製品、ありとあらゆるゴミ・汚物がごろごろしており、何やらガスを噴出している場所さえある。生身で来たら、生きて帰れるかどうか怪しい。
その上、───あたしたちをもっと驚かせたのは、そこに近づいたときロウシールドが消えてしまったことだった。
どういうことだ? ロウシールドはそもそも、地球と宇宙とを峻別するために存在するのだから……?
「つまりなんだ、あたしらがここでどんなに暴れて、どんなにゴミを踏みにじったり壊したりしても、今後地球や人類の生活に何の影響も与えないってことか? 誰も見てないし、誰も気づかないから、シールドを張る必要がない……」
「じゃ、ここで死体埋めたらカンゼンハンザイ? やーだぁもぅ」さおりの発想は例によってズレている。さっきまで見てたドラマが、ミステリー系だったからかもしれない。
「でも、宇宙人が何かやって、全然影響がないなんてコトがあるのかな?」と、めぐみが少し不思議そうな顔をした。
「影響があるかないかできっちり分ける基準を、ロウシールドがどっかで決めてんじゃないの」あたしは答えた。
ゆきのがぼそりと言った。「
ヌガーが動きを見せた。水飴状の生物であるはずのヤツは、ロウシールドが解けたのをいいことに、大気圏で溶解したアステロイドの代わりに、残土を新たな鎧として身にまとい始めていた。
もともとそういう形になる生き物なのか、それとも地球人の姿を多少なりとも研究した結果そうなったのか、その姿は、ゴミのカタマリに見えても人間の姿を形取られている。頭があり、腕があり、足がある腐りきった泥人形。
───そうなんだ。モーリオンのときと違って、ロウシールドが発生していない。それはつまり、あたしたちもヌガーも、「地球」に所属する物体に触れられる───このゴミの山を、あたしたちも利用できるし、ヤツも利用できるってことなのだ。
それはつまり、だ。
少なくとも、あたしたちは
しかしヤツは、ゴミを鎧として身にまとう能力を持ち合わせている。
あたしたちの防性粒子が尽きるのが速いか、ヤツの鎧となるゴミが尽きるのが速いか。まぁ、どんなに努力したって先に防性粒子が尽きるだろう。あぁ、ゴミの山とはすなわち人間の業の深さよ。
そういえば戸田奈津子は誤訳が多いことでも有名なのだった。あたしは、自分の想像力のなさを恨んだ。これは、絶対チョロい仕事なんかじゃない!
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