2-28

 少し沈黙が続いた後に、サンフラワーがあらためて口を開いた。


 「いずれにしても、監視態勢を整える必要があります。その方法は、正直まだあまり考えていません。みなさんの起動が思ったより早かったこともあり、また彼らがすぐには動いてこないだろうという楽観もありますが、いちばん厄介な理由は、彼らの行動が細かくつかめないことです。


 困ったことに、今日襲撃をかけてきたように、どうやらクリスタルには我々の動きが逐一わかっているようなんですが、僕には彼らの動きが把握しきれないんです。クリスタルがブルーローズ様と同位の───つまり僕より上位レベルの精神体だからだと思います。申し訳ないんですけど、そこらへんの態勢の決定にはもう少し時間をください。


 みなさんはそれまで待機です。もうひとつの目標である、クリスタルに対抗するための力を磨き上げることに注力していただきます。戦闘技術や知識を身につけるため、午前と午後三時間ずつ、フライングローズでトレーニングです。あるいは、もしクリスタル以外の異星人や精神体が地球に無許可で降下するようなことがあれば、排除のための出動があるかもしれません。


 いずれにしても当分は僕の管理下で、指示があればすぐ動ける状態でいていただきます。そのために、みなさんに待機のための居住空間を用意しました」


 「あのペントハウスのことか?」あたしは尋ねた。


 「そうです。あなた方には、あの場所で生活していただきます」


 サンフラワーが口に出すと、「生活」というありふれた単語がとても奇特に聞こえる。他の場所が絶対にありえない、居住空間。……僕にはまだ帰る場所があるんだとか言ったのは、誰だったっけ。


 「管理するとは言いましたが、檻に閉じ込めるつもりはありません。僕には、みなさんを物理的に縛りつけておく意図はありません。でも、」


 「わかってるよ、みなまで言うな」あたしは答えた。「それはもう、みんな承知してる」


 「それはよかった」サンフラワーはにっこり笑った。「みなさん、仲良く暮らしてくださいね」


 簡単に言いやがる。用意された家。用意された、帰る場所。昨日まで顔も合わせたことがなかった四人。


 基地と墓地とは字が似ている。でも、実際に似た立場になるっていうのは……どんなもんだろう。死者の寄り合う場所であり、そして地球を防衛する戦闘部隊ローズフォースの飛び立つ場所。


 「話は終わりか? ……じゃ、帰るか」あたしは、三人に呼びかけた。「あたしらの居場所へ」


 「はい」ゆきのが微笑んだ。


 「やっぱ、カタメのサカズキがいるよね」さおりが言った。


 「そういえば、ジュースとかお菓子とか置きっぱなしだよ?」と、めぐみ。


 「それじゃ、出口まで案内します。早く覚えてくださいね、フライングローズ内部の構造」サンフラワーは立ち上がり、保健室から出て行こうとして……立ち止まった。「あぁそうだ、ちょっと待って、大事なものを渡すのを忘れていました」


 サンフラワーは事務机までとって返すと、引き出しから厚みのある封筒を取り出した。そして言った。あたしたちに用意された「生活」を、恐ろしくリアルにするひとことだった。


 「今月末までの生活費です。ほんとうに必要最低限のお金しか入ってませんので、ちゃんと家計簿つけないと足りなくなります。じゃ、よろしく」


 家計簿かよ!




 再びバルコニーに降り立ったときには夜の九時を回っていた。あたしたちはリビングに入り、ちゃぶ台を囲んだ。


 さおりは、気の抜けたグラスをさっさとお盆に乗せてキッチンへ下げてしまった。ちゃりちゃりとグラスを洗う音が聞こえてくる。


 四人の生活、で、あたしがリーダーか。これからじわじわ湧いてくるような予感はあったけれど、まだ実感というヤツが湧いてこない。さて、まずあたしが取るべきリーダーシップって何だろう。


 サンフラワーがあらかじめこの部屋に置いていた、日持ちのする菓子・ジュース類と、パチ屋の景品がちゃぶ台の上を埋め尽くしている。頬杖をついてカラフルなパッケージを眺めながら、あたしは言った。「なぁ、金もらったんだし何か買いに行かん?」


 「十分あると思うよ? えっと、パチヤのケイヒン」めぐみが、どれを開けようかとパッケージをいくつもためつすがめつしながら言った。ひとつのスナックを手に取り、全員で取れるように横開けにして袋を広げる。こどもは寝る時間だとか言うべきなんだろうが、イマドキ九時に寝る小学生はいないな。めぐみは、夜はこれからという按配で、食べる気満々だ。


 「無駄遣いはしない方がいいと思いますよ」ゆきのはきちんと正座して、さおりがグラスを準備するのを待っていた。これ以上に何が必要なのかと不思議そうに顔を傾けている。「何を買うんです?」


 「祝杯ったら酒に決まってんじゃん」あたしは軽い気持ちで言った。「コンビニくらいあんだろ。ビールビール。めぐみ、いっしょに買いに行こ……」


 「ダメです」立ち上がりかけたあたしに、ゆきのが厳しい声で断定した。……なんで断定されたのかあたしにはマジでわからなかった。「みずきさん、未成年じゃないですか」


 「え」あたしはうなった。「酒タバコって、一八からだろ」


 「うん、ウチのオミセ、一八歳で分けてた」キッチンからさおりが同調してくれたが、……それ、単に入店の許可不許可の問題じゃないのか。


 「二十歳はたちです。未成年者飲酒禁止法ってあって、成人かどうかで分かれます」


 何しろ正座などしてかっちりした物言いをするから、完全にお説教だ。ゆきのはびしびしと言った。


 「たぶん、十二三の頃からぐびぐび飲んでたんだと思いますけど」図星だ。「バイク乗る前に飲んでたりしたんでしょうけど」図星だ。「私たちは今や宇宙の犯罪者に立ち向かう警察組織の一部なんですよ。それなのに法律を破って、どうするんです? 私の目の黒いうちは違法行為はさせませんからねっ」


 ……目が黒くなくなるのはいつの話だ。


 「じゃあ、永遠に酒が飲めないってコトじゃんか! このカラダ、年取らないんだぜ!」


 「じゃあ、永遠にダメです」


 「そんなのアリか! 風呂上がりにビールは常識だろ?!」


 「違います! だいたい、小学生もいるところでお酒飲もうって言い出す方が非常識なんですよっ」


 さおりがけらけらと笑って、新しいグラスの載ったお盆を持ってきた。「あはははは、カチカンの違いってムツカしーよねー」


 「価値観の問題なの?」応酬に目を白黒させていためぐみが、グラスを受け取りながら、今度はさおりの笑顔をまじまじと見つめた。「オトナって、……よくわかんない」


 「ま、いーじゃん、じゃあ今日は、はい、あんたもコレ」さおりがあたしにCCレモンの入ったグラスを押しつけてきた。……ちぇっ。


 なんか、出鼻をくじかれたって感じがする。勢力図というか、立ち位置というか、早くも先行き不安の気配が漂ってるなぁ。……あぁ、今は単純にあたしが悪者なのか。


 しかしまぁ、つまるつまらないはあるにせよ、こうしてちゃぶ台囲んでいるってことが、まずあたしたちには必要なことなんだろう。この和が保てるなら、あぁ、禁酒でも何でもしましょうや。


 あたしは観念してCCレモンのグラスを高く差し上げた。まったく、メンテナンス前に切った見得がすっかり無駄になっちゃったな。サンフラワーのばかたれ。


 「そんじゃまぁ、……仲良くやろうや、乾杯」


 「かんぱーい!」それぞれに、グラスとグラスを打ち合わせた。ちんとガラス音が響いて、……これで、固めの杯、完了。


 ひとくち飲み下して、口の中に残る炭酸の刺激を感じながら、「あーぁ、つまんねぇ」うっかりつぶやいてしまって、ゆきのににらまれたっていうのはご愛敬だ。……あたし、ちゃんとリーダーが務まんのかな?

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