2-27
四人とも服を着直したところで、サンフラワーは全員を集合させた。カッコよくいえばブリーフィングルームでのスタッフミーティングとなるのだろうが、実際はどう欲目に見ても保健室の反省会である。ゆきのとめぐみは並んだ丸椅子にそれぞれ座り、さおりは壁に、あたしはついたてに体をもたせかけて、校医のように背もたれつきの椅子に腰掛けるサンフラワーを囲んだ。
「お疲れさまでした。これで本日の任務は終了です……って、今回のは完全にアクシデントでしたね」校医サンフラワーが切り出した。「まさか襲ってくるとは思いませんでした。しかしまぁ、不幸中の幸いです、これでもう動作試験の必要はなくなりました。みなさんがローズフォースとして立派に起動してくれたので、僕は正直ほっとしています」
あたしたちはそれぞれに苦笑した。冗談じゃねぇや、こっちの気も知らないで!
「これで今後の活動がスムーズに進みそうです。……活動予定を説明しますけど、よろしいですか」
「勝手にしてくれ」あたしはそう言ったが、耳は傾けていた。やる気になったその日くらいは、まじめに話を聞いてなきゃな。……あぁ、あたしってば、高校の入学初日も確かやる気満々だったような気がするけど。いーつからまじめに行かなくなったっけなぁ。
サンフラワーは言ったとおりに勝手に話し出した。内容の理解は困難だった。もっとも彼も、難しい話を通すのはまずゆきのからの方がよいことを理解したようで、ゆきのの反応を見ながらしゃべっていた。以下、サンフラワーの言葉に口を挟むのはほとんどゆきのである。
「まず、今回の急襲は、モーリオンと名乗った新たなクリスタルの部下の、独断による暴走だと僕は判断しています。
地球上では地球法が優先です。クリスタル一派が地球人の姿をして地球人として行動している限り、私たちが宇宙法によって処断することはできません。宇宙法の罪状は山積みですから、宇宙法が適用される状態、つまりロウシールドフィールドの中に引き込んでいればいいのですが、地球人としては善良な一市民です。
ですから、地球の資源を目的とし、地球人になりきって資源獲得を目指しているはずのクリスタルには、わざわざ自分からロウシールドに入って攻撃してくる理由がありません。それは彼らの罪状を増やすだけです」
「そのようですね。だからアメジストは、攻撃の責任は自分でかぶるようなことを言っていたんですね」そういえばアメジストが現れたとき、モーリオンとそんな会話をしていたっけ。
「そうです。実を言えば、ロウシールドで保護されている星域での犯罪というのは、宇宙法の中でも罪の重い部類に入ります。アメジストはクリスタルの罪状が増えることを気にして自分に罪を振り向けようとしたのでしょう。
現実には、いくら彼の罪が膨れ上がったところで、今の我々にはクリスタルに対抗する
「逆に今回の罪でアメジストとモーリオンを捕らえるというのは?」
「トカゲの尻尾切りですよ、クリスタルを捕らえなければ意味がありません」ますます政治家と秘書の関係に似てくるなぁ。
「じゃあ、何もできないじゃないですか!」
「僕ははじめからクリスタルを泳がせておくつもりです。残念ですが、当分はクリスタルを追いつめず、見える位置でのさばらせておいた方がよいと判断しています」
「話を伺っていると、いつまで経ってものさばっているままのように聞こえますけれど」
「獲得した資源を宇宙空間に運び出すときを叩きます。地球のロケットはまだ原始的で、かつ、私人が使用するのは事実上不可能ですから、彼らは地球にない技術を使い、宇宙法の対象となる存在として資源の運搬を実行しなければなりません。彼らはロウシールドに自ら入らなければならないのです。
さらに、これは覚えておいていただきたいのですが、宇宙法上、精神体は大気圏と宇宙圏の閾を超えるワープを許されていません。我々は肉体を持って地球圏に入り、地球圏では常に肉体を維持し、そして肉体を持って地球圏を離れ、宇宙圏に出てから肉体の束縛を解く。そういう流れで行動しなければなりません」
「確かに、クリスタルたちは地球へ向かうときにはワープしませんでした」
「ですから、彼らが地球から出るときもまた然りです。僕の推測ですが、クリスタルは自ら物資の搬出を行い、そうして地球を去るでしょう。自分で節目をつけたがるタイプですからね。それも、ブルーローズ様の肉体の再生が終わる前に完了させるでしょう。彼は我々を恐れていませんが、妨害を嫌います。もしかすると、資源獲得と搬出にめどがついた後ならば、妨害を避けるために彼らは先手を打って我々を攻撃してくるかもしれません。
そういった機を逃さず、彼らを捕らえることが、現在我々に課せられている最大の使命です。たとえブルーローズ様がいなかったとしても、です。
我々がこれからなすべきこと───ひとつは、クリスタルを監視すること。そしてもうひとつは、クリスタルに対抗するだけの力をつけること。この二点です。
監視についてですが、彼らは地球の日本という国に拠点を構築しました。我々も、彼らに近い場所に拠点を持って監視を行います。ローズフォースの素材を日本人から集めたのはそういう理由です」
「───なんで彼らは、わざわざ日本に?」
「彼らの目的である地球の資源を、合法的かつ効率的かつ安全に集めるためですよ。不景気だ不景気だと言いますが、日本は他の国に比べればダントツで経済が安定してますし、治安も圧倒的にいい。そして何より、地球法に遵うことを義務づけられている我々としては、政治が鈍足で法律の成立速度が遅い国家というのはありがたいんです。朝令暮改が日常茶飯事の不安定な国だと居心地が悪いんですよ」
「それで、資源を合法的に集めるってのは───」
「これを見てください」
サンフラワーは新聞を一部突き出した。ゆきのが受け取って広げ、三人がそれを後ろから覗き込む。が、さおりはつまらなそうな顔をしてすぐに離れていった。めぐみは困った顔をして、言った。「これ……なんて字?」
その新聞は、印刷も紙もふだん見慣れているのと違った。見出し文字がひどく小さくて読みづらい。一面の右上には、『隔日刊日本鉱業流通新聞』と、狭いスペースに決まり悪そうに毛筆体の文字が並んでいた。……聞いたことのない新聞だが、まぉ、題名通りの内容なんだろう。金だとか銅だとか、どこで掘ってどこから輸入して値段はいくらで……そういったことを細かく伝える、いわゆる業界新聞のようだ。
高校の頃バイトしてたバイク屋で、店長が二輪業界のそういう新聞をよく読んでいた。専門用語がこれでもかと詰め込まれていて小難しく、あたしにはさっぱりわからなくて、パーツの新商品の情報にだけ目を通していたのを覚えている。めぐみにはまだ読めそうにないし、さおりが逃げるのも合点がいく。
もっとも、読む必要があったのは片隅の小さな記事ひとつだけだった。サンフラワーがご丁寧に赤線で囲ってくれていた。見出しは『鈴木商事買収』だった。
ゆきのが声に出して記事の内容を読み始めた。
「貴金属流通中堅の鈴木商事(社長鈴木征功)は一〇日、米トマス社(社長クリストファー・ピーターズバーグ)によって株式の八割の取得を受け、同社の傘下に入ることを発表した。また、現社長鈴木氏は副社長に降格、社長にはトマス社社長ピーターズバーグ氏が兼任で就任する。トマス社は昨年設立された米のベンチャービジネスで……、」
「それだけ読めば十分ですよ、そのクリストファーという社長こそがクリスタルです」サンフラワーは腕を組んで言った。「この業界紙でも小さい記事ですが、業界ではそれなりに騒がれているようですね。鈴木商事は、貴金属の直輸入と卸を手広くやっている企業で、今ではレアメタルの原鉱でさえ独自の流通ルートを作り上げた、業界では有名な成長株です。そのルートをいちどきに乗っ取ったわけです」
「え、じゃあ、ヤツらが資源を集めるっていうのは……」これはあたし。思わず、ツッコんでしまった。
「輸入です」サンフラワーは簡単に言った。「彼らは日本の貴金属流通専門の商社による正当な貿易活動で資源を手に入れるつもりなんですよ、合法でしょう?」
「……なんて地道な奴らだ」なんか、想像してたのと違う。
「社の流通ルートを使って大量の資源を輸入し、最終的に社長個人の所有物になるよう操作するわけです。そうすれば、焼こうが煮ようが宇宙に放り出そうが、地球の法律上は問題なし」
「操作って、それは犯罪じゃないのか?」
「お金さえなんとかなれば、その収入で個人で購入するということです。社長の業務をこなせば社長の報酬が得られるんですし、そう難しくはないですよ。時間はかかると思いますけどね」
なんかズルいことをしているように聞こえる。事実、そうなのか。悪いヤツは法律の抜け穴を突いてくるっていうのは地球も宇宙も関係なしか。
「それで、ヤツらが欲しい資源っていうのは地球の貴金属ってコトなのか?」
「うーん、地球上ではどんな物質も魅力的なんですが、彼らが求めるのは『クラス0レベルで安定した物質』ですね。僕らがクラス9まで扱えるといっても、結局は安定した物質から安定した物質への遷移でなければなりませんから、最終的に安定するクラス0、地球でいう分子レベルの物質が必要になってくるんです。純度の高い金、プラチナ、シリコンの結晶なんかは、宇宙的にも貴重なんですよ。
それに、宇宙空間に出しても変質しませんから、他の異星人たちにお披露目するサンプルとしては絶好なんです」
そういうものなのか。宇宙人の考えることはよくわからん。
と、……読めないと言っていたはずのめぐみが、記事のある一点を凝視しているのに気づいた。下唇を噛んで何か言いたそうにしている。彼女の言いたいことを代弁して、その一点を指差したのは、さおりだった。
「ねぇ、コレさぁ」指の先は、記事を小さく切り欠いてはめ込まれた白黒の顔写真。キャプションは、『鈴木征功社長』だった。「どっかで見たことない?」
あたしは小さなそれを目を細めてじぃっと見つめた。ドットが粗くて、少し離して見ないとよくわからない。はげ頭の壮年の男で、頬がたるんでて、……ぎょっとした。「どっかも何も、てめぇ、覚えてないのか!」写真に載っている脂ぎった
よくみれば、記事の最後に社長略歴が書いてある。新社長ピーターズバーグ氏についてはほとんどない。外国人については調査できなかったか、それともクリスタルには過去自体がないからだろうか。
それで空いてしまったスペースを埋めるように、鈴木氏については事細かに書いてあった。どこそこ出身。どこそこの学校を出て、朝鮮特需の頃に若くしてこの会社を創業、辣腕を振るって貿易ルートを次々開拓していった。御歳七五歳。
戦争世代、そして戦後の復興と高度成長を支え、同時にバブルの甘い汁もたっぷり吸ってご隠居という世代。そういう人が、クリスタルの部下になって、しかもあたしたちと同じ変身サイボーグとなって、……?
「ちょっと待てよ」あたしはサンフラワーに噛みついた。「あたしらがこいつと戦ったっていうのは、つまり、クリスタルがこのじーさんをあたしらと同じサイボーグに作り替えたってことだろう」
「……そうなりますね」サンフラワーも、この展開は予想していなかったらしく、難しい顔で首をひねっている。
「あたしらがサイボーグ化されたのは、あたしらが死んで戸籍がなくなったからだ。そうじゃなかったっけ?」
「その通りです」
「……じゃあ、こいつも死んでるんじゃないのか?」あたしは写真を指でべしべし叩きながら言った。「なんで死人が社長をやってるんだよ!」
「確かに気になりますね」サンフラワーが言った。「調べておきます」
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