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三月一〇日 一〇時四八分
体育の時間。小五の三月ともなれば、着替えのときのおしゃべりは、自然誰がブラジャーをつけたつけないとか、そんな話題になるのが当たり前だった。自分の胸も少し膨らみ出しているから、人より遅いというわけではないのだが、もともと背が低いめぐみはちょっと気後れしていた。
はやく大きくなりたいな。
この間から、控えめな自分を変えようとしていた。何事にも積極的に、積極的に。そうしたら、大きくなれるんじゃないかと、何とはなしに感じたのだ。実際には人並み以上には大きくならなかったが、それが功を奏してかめぐみの人気は近頃高い。自信がつくと気持ちの問題で自分が大きく見えるから勘違いしてしまうが、こうして体育ともなると、自分がまだまだ子供なのが解ってしまう。
今日はサッカーだ。めぐみの運動神経は悪くない方だが、サッカーはうまくない。どうしても爪先で蹴ってしまう。技術が身についていないだけなのだが、体の大きさのせいのような気がしてくる。
変わろう、変えよう、ファッション雑誌を買おう、怖そうなお店にも入ってみよう、いいことも、悪いことも、みんなやって、それで、きっとオトナになっていける。変わろう、変えよう、頭の両側でゴムで留めてお下げにするこの髪型も、なんだか子供っぽい。女優さんみたいな髪型にしようかな……。
キーパーが抑えたボールが、高く蹴られて前線へ飛ぶ。チーム全体が、攻撃に転じて動き出す。めぐみは、その動きに合わせてライン際を走りながら、ぼんやりと自分に似合う髪型や服装を考えていた。
フリーになっていると思った味方が、そんなめぐみに向かってボールを蹴り出した。我に返ってボールを抑えようとしたが、満足にトラップできなかった。どうにか自分の前でボールを止めたときには、相手チームのディフェンダーに取り囲まれていて、奪い合いになった。何しろ小学生の体育のそれも女子の授業だ、めぐみにはフェイントでかわす技術はなかったし、相手にもタックルで奪う技術はなかった。ただボールを蹴ろうとする。蹴ったら誰かにぶつかって元の位置に戻る。そんな繰り返しで、ボールは足の間で何度も跳ねた後、いつしかぽぉんとあらぬ方向に飛んでいった―――校門を越えた。
「あたし、取ってくる!」
めぐみは叫んで、走り出した。何事も積極的にという信条と、何かから逃げ出したい思いと、身近なところを駆け抜けながらそんな自分を見守ったり見捨てたりしていく可能性の断片を、まだ幼い心に複雑に絡ませながら、彼女はボールを追った。ボールは、歩道も越えて、車道へと転がり出ていた。そのときめぐみに、周りは見えていなかった。
激しいクラクションの音。
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